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「ふふんふ〜ん、ふふふんっ」
ってな感じで神社の境内を竹箒片手に掃除している男が一人。
装束を纏ったその姿からも分かるように彼は紛れもなくこの神社の宮司をやっている。長身で愛嬌のある顔立ち。少しだけ白髪があるのもポイント。
近所のおばあちゃんに人気のある宮司さんだ。
日も傾き、お月様と歓談している時間。
晩御飯の準備をする時間。
にも関わらず彼は鼻歌混じりに掃除している。
傍目には竹箒相手に踊っているようにも見えるが、そんな事気にしちゃいけない。
当人が掃除だと言えば、それは掃除になる。
信じられないかも知れないが、この宮司さんこそ、林海学園の理事長さんなのだ。
昨今はお賽銭だけじゃ、ご飯は食べられないのだ。
そんな彼の元に一人の男がやってきた。
痩せ形で実直そうな顔をしている。
リストラに悩むお父さんと言った雰囲気だけど、そうじゃない。
「理事長」
「教頭先生。どうしたんです?職員会議は今週の日曜のはずですよ」
そう、彼こそが林海学園教師陣で唯一まともな人物と言われる冬田一雄教頭その人である。
「いえ、その事じゃなくて」
理事長は教頭の側に一人の少女が立っているのに気付いた。
「娘さんですか?」
「いえ」
「じゃ、お孫さん?」
「私はまだ、そんな歳じゃありません!」
教頭の方が理事長より三つ年上。
日頃の苦労の積み重ねか、それとも生まれつきの老け顔なのかは分からないが、彼はよく歳よりもかなり老けて見られる。ちなみに現在、39歳。
「ってことはまさか、最近流行の援助・・・・・・」
「違います!!」
力一杯否定する教頭。
「冗談ですよ。うちの生徒さんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・はい」
教頭は肩で息をしながら、応えた。
理事長とのやり取りに馴れている彼は瞬時に息を整える。さすが教頭。
「今日の夕方、火事があったのをご存じですか?」
「えぇ、ここから煙が良く見えましたから。季節柄、焼き芋が原因かと思いましたよ」
そう言って、のんきに笑った。
「あの火事は我が校の寮からの出火だったんです」
「聞いてませんよ、わたし」
少し、声に不満の色が出る。
火事の事よりも報告が遅れたことに。のけ者にされるのはキライなのだ。
「理事長には事後報告で良いと、校長が仰られましたので」
「そうですか。なら良いです」
不満の色はすぐに消し飛ぶ。
元々、学園の運営の大半は校長に任している。
何より、理事長は個人的に校長に全幅の信頼を持っている。
「それで、怪我人は?」
「幸いにも皆、無事です」
「それは良かった。うちの神さまが護ってくれたんでしょうね」
神社脇にあるご神木が風に揺られて、心地よい音でささやいた。
「はい。それで現場検証が終わるまで修復作業が出来ませんので、寮生達は友人宅にしばらく泊めていただけるよう、学園側からお願いしているところです」
「早急に対処しなきゃいけませんね。何時までもご迷惑かけるわけにはいきませんから」
「はい。そこで付近のアパートを借りられるよう手を尽くしている次第です」
「そこまでは良く分かりました。それでこの娘は?」
そう言って理事長は視線を少女の方に向ける。
「彼女は今日、転校してきたばかりなもので」
「頼る先は無し、か」
「はい。そこで神社をお借りできないかと思いまして」
「良いですよ。離れが空いていますから。君、名前は?」
「風樹アスカです」
カイトを勇者様と呼んだあの少女だ。
心なしか表情に生彩がない。何か思い詰めたような顔をしている。
「アスカさんか。良い名前だ」
そう言って、理事長は微笑んだ。
「教頭先生、アスカさんのことはわたしが責任を持ってお預かりますから、心配しないで下さい」
「よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた教頭だったが、思い出したかのように顔を上げた。
「そうそう、校長からの伝言があったんでした」
「校長から」
心なしか声が喜んでいる。
「これがそうです」
伝言のはずが、何故か教頭は紙切れを一枚理事長に手渡した。
「それではわたしはこれで」
再び、頭を下げると教頭は神社の階段を下りていった。
「ごくろうさまでした」
その背に声を掛けると理事長は受け取った紙切れを開いた。
そこには大きく筆字で『くれぐれも間違いをおこさないように』と書かれていた。
思わず、苦笑する理事長。確かに口じゃ言えない。
「そんな事するわけないでしょうが」
「?」
小首を傾げるアスカ。
「いえ、こっちの事です。離れに案内しますね」
離れは本殿の脇にひっそりと建っていた。
本殿の側に立っている大樹のささやきだけが聞こえる静かな場所だ。
この大樹は神社が建つ前からある立派なものだ。神社の守り神様でもある。
「えぇっと、カギカギはっと」
カギの束の中から一つを選び出すと理事長は戸を開けた。
「長い間、使ってなかったから少し埃っぽいかも・・・・・・」
理事長の声は途切れた。
別に凄い埃だらけだったからじゃない。
埃じゃなくて、そこには山と積まれた段ボール。
「そうだった。あんまりにも使ってないんで物置にしてたんだった」
彼はポリポリと頭を掻くと、
「しょうがないな」
と言った。
少し、時間を戻そう。
沙耶の重大発表に驚愕し、絶対無理だ宣言を採択したカイトと優の二人は寄り道観光旅行に参加していた。学校から家まで歩いて三十分ほどの距離だが、それなりに観光スポットはある。本屋での立ち読みに始まり、近くのゲーセンで格闘鑑賞に続き、締めくくりに近所のコンビニで買い物。
普段通りのルートだが、飽きないのが不思議なところ。
「それじゃ」
「じゃぁな」
カイトは一度手を挙げ、優に別れの挨拶をした。
優の家はカイトの住むマンションから少し行った場所にある。
マンション町中。それがカイトの住むマンション。
町の中にあるからマンション町中。かなり単純で安易だ。
「さて」
いつものペースでカイトは階段を上り始める。
カイトの部屋はマンションの七階にある。
エレベーターもあるけど、彼はここ数年使っていない。
昔、エレベーターに閉じ込められて一夜を過ごして以来、なるべく使わないようにしているのだ。
コンビニで買った今日の夕飯をシャカシャカ言わせながら、一定のペースで上る。
途中、同じマンションの奥様連中と遭遇。ちゃんと、挨拶を交わすがペースは乱れない。この道、17年のカイトだからこそ出来ることだ。
「ただいまっと」
返事は無し。両親共稼ぎの家だから当然のこと。
もっとも、両親が家に帰ってくることは殆ど無い。
共に自称出張中の身。いろいろと大変なのだ。
それこそ、小学生の時からだから全然平気になっている。気楽なもんだ。
玄関で靴を脱ぐと、下駄箱の頂上に置く。以外と律儀なヤツである。
台所に袋を置くと、自室に入ってすぐに着替える。
時間はそろそろ六時を回ろうとしている。
カイトはそそくさとリビングのテレビを付けた。
待望の六時到来。
テレビの画面は『勇者領域 ガル・フィード』とでかでかと映し出す。
胸を熱くする主題歌が部屋に響き渡り、カイトを熱くする。
いわゆる、ロボットもののアニメだ。
一月も半ばを過ぎるとそろそろ終盤に向かっていく時期。
一瞬一秒たりとも見逃すことは出来ない。
見逃すことは一生の後悔に繋がる。とても死んでなんていられない。
ありがとう神様。
心の中で神さまにお礼をするカイトだった。
一方、こちらは理事長とアスカの二人。
終始和やかな雰囲気で二人は歩いていた。
「いや〜、ホントに申し訳ない」
「いえ、わたしの方こそご迷惑をおかけして。すいません」
「いやいや、君があやまることじゃないよ。アスカさんのせいじゃないんだから」
と、カラカラと笑い出す。
学生寮が火事。普通なら笑ってられないはずなのに、理事長は笑っていた。
彼にとって、今回の火事はちょっとしたイベントでしかない。
起こっちまったもんは仕方ないが、彼の生き方。
「今晩は俺の家の方に泊まって貰って、明日離れを整理するから。息子が一緒だけど、俺が一緒だから問題は無いだろう」
そして、着いた先はマンション町中。
「おっ、運がいいな」
そう言って、理事長は玄関脇のエレベーターに飛び乗り、七階のボタンを押す。
昔、エレベーターに閉じ込められた事もあったが、そんな事お構いなし。
事故が起きれば、天井からよじ登っていけばいい。
かなり、とんでも無い人物である。
カイトがエンディングテーマの余韻に浸っている時、不意に玄関の扉が開いた。
「カイト、いるか?」
「父さん?」
すでに次回予告も見終えているし、ビデオの録画も終わっているから、躊躇無く立ち上がる。
玄関に向かうとそこには理事長、もとい、カイトの父、双樹有馬がいた。
近頃の宮司さんはお賽銭だけじゃ、食べていけないのだ。
つまり、有馬は宮司さんと学校の理事長さん、そして、マンションのオーナーさんもやっている見かけによらずのちょっとした資産家さんだった。
だが、有馬は神社の管理しかしていない。学校は校長に任せ、マンションの方はカイトに任せている。
こう聞くとカイトはそれなりの裕福な家庭の生まれと思われるが、実際はそうじゃない。それは月末になればイヤでも分かる。
「よっ、久しぶり」
一週間ぶりにみた父の顔はやっぱり、無責任そのものだった。
溜め息まじりながらも父を「おかえり」と迎える。
神社とマンションとの距離は歩いて五分ほど。
にも関わらず有馬は神社で寝泊まりしている。
それというのも双樹神社の御利益に原因がある。
どう言う経緯で広まったのか分からないが、双樹神社には家族円満の御利益がある。それを聞き付けたカップルが双樹神社で式をあげるのだ。
実際、双樹神社で式を挙げたカップルはその後、円満な家庭を築き上げている。
毎年、お礼の年賀状が山と届くのがその良い証拠だ。
だが、その御利益以上に式の後の披露宴は人気があった。
宴会好きの有馬自身が司会進行するのだから、ド派手になるに決まっている。
その為、式の予約が殺到。仏滅でもいいから式を挙げてくれと、大盛況。
ド派手な宴会付きの割には良心的な格安料金。人気が出ないはずがない。
そんなわけで有馬はほぼ毎日、宴会で飲み潰れているので家に帰ってくることが殆ど無い。
「むさ苦しいところですけど、どうぞ」
「お客さん?」
「あぁ」
玄関に入ってきたのはあの少女、アスカだった。
彼女はすまなさそうな表情で玄関に入ってきた。
だが、玄関でカイトの顔を見た瞬間、表情が変わった。
『あぁぁっ!!』
一つは歓喜の叫び声。一つは驚きの叫び声。
一人分けの分からない有馬は交互に二人を見ている。
「勇者様!!」
アスカは満面の笑みでカイトに抱きついた。
抱きつかれた衝撃でカイトは下駄箱と一緒に後ろに倒れた。
「こんな所でまた勇者様に会えるなんて。今日はついてます」
今日、火事にあった人間のセリフとは思えない。
満面の笑みでカイトに抱きつくアスカ。
目を白黒させて、抱擁を受けるカイト。
そして、一人感動の涙を流す有馬。
「カイト、いつの間にかお前もそんな歳になったんだなぁ」
腕を組み、感慨に浸る。さすがは林海学園理事長である。
「よしっ、二人の気持ちはよ〜く分かった。今晩は愛する二人で仲良く過ごすんだぞ」
教育関係者のセリフとは思えない。
彼の脳裏にはもう、校長からの注意は忘却の彼方に旅立っている。
有馬のお許しの言葉にすかさずカイトは反応した。
「ちょっ、父さん!?」
「何も言うな、カイト。我が家は代々物分かりが良いんだ」
カイトの祖父も信じ込んだら一直線の人だった。
こうなったときの双樹家の人間は傍若無人、無人の野を行くが如く突っ走る。
「だから、誤解だって」
「アスカさん。バカで頼りない息子ですけどよろしく頼みましたよ」
もう、聞いちゃいない。
こうなった時の有馬を説得できるのは世の中でただ一人である。
「はい」
こちらも元気に満面の笑みで頷く。
「明日は三人で宴会だからな」
そう言って、有馬は玄関から姿を消した。
あれって、やっぱり夢じゃなかったのか?
カイトはあの怪物の姿を思い出した。
そして、あの怪物はアスカのバックの中にいたのだった。
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