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「ふぇっ、くしゅん。・・・・・・うぅ〜、寒い」
玄関から飛び出したカイトは身体を縮ませながら、鍵を閉めると階段に向かって駆け出した。いつものペースの倍以上のスピードで階段を駆け下りた。
途中何度も転びそうになったが、その度にどうにか堪えて、駐輪場に到着。
愛車の自転車にまたがると颯爽と飛び出した。
アスカが何処にいるかはっきり言って分からない。見当もなにもない。
ただ、自分が思い付いた事をやるしかなかった。
多分、買い物する時の道のどこかにいるはず、と言う勘に従っているだけだ。
勘や予感と言ったあやふやなもの以上の何かをカイトは感じていた。
頬を撫でる風が冷たい。
その冷たさは焦っていた彼を少しだけ冷静させた。
何で、こんなに焦ってるんだよ。ただの買い物かもしれないのに。
不思議な感情だった。今まで感じたことのない感情。
アスカが帰ってこないことに対して沸き上がるどうしようもない不安。
同居している人の帰りが遅いから?
確かに同居人の帰りが遅かったら不安になるだろうけど、いても立ってもいられなくほど不安になることはない。
何で、こんなに不安なのだろう。
と、カイトは思った。それに続くように一つの返答があった。
もしかして、これが恋? でも、何か違うよな。
物の本によると恋をすると胸が締め付けられるようにドキドキして、理由もなくいても立ってもいられなくなるそうだ。
今のカイトの状態と似ていると言えば似ている。
だけど、胸がドキドキしているのは全力疾走しているからで、胸が締め付けられていても立ってもらいられないのは不安だからだ。
アスカがいない事への不安。これだけは確かだ。
アスカがいないと一緒に話しも出来ないし、一緒にご飯も食べられない、・・・・・・一緒に何もできない。
不安の理由はこれだった。
たった、これだけの理由でこんなに不安になるの? と思ったカイトだったが、これ以外に理由らしいものは見つからなかった。
家族の事情であまり、家庭と言うものを余り感じたことがないからかもしれない。
家に両親が帰ってくるのは本当にまれだ。家にいるのは何時もカイト一人だけ。
それがずっと長い間続いていた。その寂しさにも馴れ始めていた。
そんな時にやってきたのがアスカだ。
彼女が来て、始めてカイトは家庭と言うものを感じていた。
家に帰れば『ただいま』と『おかえり』がある。たったこれだけの事がカイトには嬉しかった。何でか分からないけどすごく嬉しかった。
いつの間にかカイトの中でアスカは家庭の中の一員になってしまっていたのだ。
本人は気付いてないけど。
「だぁー!! 分からん。アスカが心配。それが理由。うん、それでいい」
カイトは強引に自分を納得させて、自転車をぶっ飛ばした。
星や月の放つ鋭い光が冬の寒さを感じさせる。
指がかじかみ始めていた。手袋を忘れてきたからだ。
くそっ、指が痛い。
カイトは右手をハンドルから離し、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
その時、曲がり角から不意に車が現れた。かなり速度を出している。
「!!」
突然の事に驚きながらもカイトはブレーキを握った。無意識のうちに足もブレーキに使っている。
「・・・・・・ふぅ」
車を見送るとカイトは息を吐き出した。吐き出した息は白い。
背中に嫌な汗を感じる。
「何か、ボクってバカだな」
ポケットに突っ込んだままの右手を見て呟き、苦笑する。
「それじゃ」
身体で少し勢いを着けて、走りだそうとした時、カイトは妙な違和感を感じた。
・・・・・・ドアが開いてる?
いつもは閉まっている建築現場の扉が開いているのだ。
確かここ、大分前からこのまんまなんだよね。
ドアは風に揺られて小さいながらも嫌な音を発している。
沙耶にも開けられなかった扉が何で?
今夏の沙耶の重大発表の中身はここの探険だった。
だけど、結局この扉を開けることが出来なくて、隣りの家の塀の上から入ったんだっけ。今、思うとかなり無茶な事してるなぁ。
感慨深げにカイトは頭の後ろを掻いた。
確か、中はがらんとしてて、よっぽど大きな音がしない限り外に聞こえないようになってるんだっけ。・・・・・・外に音が聞こえない?
誰かを誘い込んだり、秘密工作の本拠地になるような場所は、なるべく近場で部外者が立ち入らない場所と相場が決まっている。いろんな意味でお約束だ。
ここは人目に付きにくく、音も外には漏れにくくなっている。
魔物と戦うには打ってつけの場所かもしれない。
そして、そのお約束に従うように建築現場の開かずの扉は誘い込むように開いている。
この扉の向こうにアスカがいるかもしれない。
そう思ったカイトは恐る恐る扉を潜った。
「何か、変な感じがする?」
扉を潜ると建築現場ではなく外に出た。
「あ、あれ?」
カイトは突然の事に混乱しながらも周囲を見回してみる。
特別、何かおかしな事は何もない。ただ、入ってきた扉が閉まっていた。
「えっ、何で!?」
扉は押しても引いても横滑りさせようとしてもピクリとも動かない。
「??」
首を傾げ、カイトは必死に今までの経験からこんな状況に陥るのはどんな時か、検索した。経験とはもちろん、アニメや小説、ゲームなどからだ。
「もしかして、これが世に言うパラレルワールドって言うヤツか!?」
じっちゃんが一緒だったら、大喜びするだろうなぁ。
そんな事を考えながらもカイトは確信を得ていた。
アスカはここにいる。ここで迷子になってる、と。
カイトもここに閉じ込められて迷子になってると言えば迷子になっているのだが、今の彼にはそんな事はお構いなし。
アスカがここにいる。その確信だけで十分だ。
「こんな場所が作れるのは魔物だけ。って言うことはボクの予想が三分の二も正解したのか。何で、こんな時だけ的中するんだろう」
実は変態さんにもアスカは襲われていたのでカイトの危険な予感は100%的中していたのだ。お見事!
しかし、これでテストの選択問題は当分の間、全く当たらないだろう。
それはさておき、自分の自転車もあることを確認したカイトはすぐに乗ると、勢い良く走り出した。
走り出してから気付いたことが一つあった。
「あんまり、寒くない。これなら大丈夫だ」
手袋が無くても、と言う意味だ。
しばらく、走っていると不意に巨大な何かが崩れるような音が聞こえた。
かなり、近い場所だ。すぐに行ける。
カイトは音のした方に自転車を向ける。一分ほどで到着するはずだ。
本の一分ほどの距離にも関わらずカイトは全力疾走。
一分ほどの距離を三十秒で走破した。そして、投げ捨てるように自転車から降りると素早く目的地に駆け寄った。
「アスカ! へっ!?」
そこでカイトは見た。魔物の姿を。
「鳥!? 今度は鳥なの!!」
巨大で丸い鳥だ。しかも大きく?羽を広げている。そして、羽ばたいた。
羽ばたいた拍子に突風が生じた。突然の事にカイトはどうすることも出来ずに風に吹き飛ばされてしまった。行き着いた先は。
「つつっ・・・・・・」
カイトは妙にごつごつした物を支えに立ち上がった。
「何?これ」
妙に生っぽい感触に彼はさすったり、撫でてみたり、叩いてみたいした。
「くうぇぇっ!!」
「へっ?」
見上げれば・・・・・・鳥!!
「鳥の足下なの!!」
カイトが叫び声を上げた瞬間、鳥は足踏みし始めた。彼を潰すつもりだ。
「のうぇあぁっ!?」
「カイトくん!?」
見るとそこには探し求めていた人がいた。
「アスカ!」
「何でカイトくんがここにいるのよ」
「・・・・・・・・・・・・」
アスカが心配だったから。とはさすがにカイトは恥ずかしくて言えなかった。
だから。
「ちょっと、ここを通りがかったんだ」
「おじさまみたいな事言わないでよ!」
この間もカイトは必死に足を避けていた。
一度踏まれた即死確実だ。文字通りの必死だ。
「あぁ〜! とにかく、カイトくん、こっちに来て!!」
「う、うん」
カイトはどうにか足踏み攻撃を潜り抜け、アスカのいる民家の中に逃げ込んだ。
「大丈夫、カイトくん。怪我はない?」
「う、うん。何とかね」
そう言いながらカイトは笑みを見せた。
「良かった。・・・・・・逃げるよ」
「えっ」
アスカはカイトが何か言う前に彼の手を引っ張って家の中を突っ切っていった。
そして、隣りの家の塀を乗り越え、そして、次の家も、と次々と逃げていった。
引っ張られながらカイトは思った。ちっちゃい事って良いことだね、と。
どれだけの時間、昇ったり降りたり走ったりしたのか分からないが、とにかくあの巨鳥から逃げられたことだけは確かだった。
二人は荒い息を吐きながら適当な家に忍び込み、そこの椅子に座り込んだ。
不思議なことにこの空間の中ではどの家も鍵が掛かっていないのだ。
テーブルの上に突っ伏すとカイトは大きく息を吐き出した。
何か、久しぶりに真剣に走ったような気がする。
まさに必死の走りである。掴まれば鳥さんの餌。
そんな事になれば末代までの恥・・・・・・って、カイトが死ねばそこで彼が末代か。
すぐ側にアスカがいる。彼女も肩で息をしている。
何にせよ、彼女が無事で良かった。
心の底からカイトはそう思った。
そう思ったら、途端に喉の渇きを憶えた。
彼は不思議と馴れた調子で冷蔵庫の中を物色し始めた。
これって、泥棒? と思ったりもしたが、ここは結界の中。
本当の世界じゃない。何より、非常事態だし。
カイトは努めてそう思うことにした。
心地よい冷気を浴びながら、冷蔵庫を覗き込む。
冷蔵庫の中にはスポーツドリンクのボトルが一本入っている。
彼はそれとコップを二つ手にしてアスカのもとに戻った。
彼女はネックレスを外し、光輝石を見つめていた。思い詰めたように。
「はい」
アスカの前にコップを置き、ボトルの中身を注ぐ。
それから、カイトは自分のにも注ぎ、一気に飲み干す。
「ふぅ。・・・・・・ど、どうしたの?」
真剣な眼差しでアスカは彼を見つめていたのだ。
「どうして。どうして、カイトくんがここにいるの? わたし、カイトくんに迷惑掛けたくないと思って出たのに」
問いに問いで返すアスカ。
「ど、どうしてって言われても」
答えられるはずがない。自分でも良く分からないんだから。
ただ、アスカの帰りが遅いから迎えに行こうとしただけなのだから。
だから彼は素直に今までの経緯を話した。
何となく気恥ずかしいから、しどろもどろになりながら。
「それだけのために」
アスカは目を点にしていた。
彼女がこうなるのも無理はない。普通、誰かを迎えに行って、結界の中に入り込むような人は世界中探してもカイトぐらいだ。これじゃ、何のための結界なんだ?
「・・・・・・うん。ほら、やっぱり、女の子が夜の一人歩きって危ないじゃない」
「カイトくん」
何だか良く分からない嬉しさがこみ上げてきた。それは涙として外の出た。
本当に理由が良く分からない。嬉しい、ただそう思ったら涙が流れた。
「あぁぁぁぁぁっ!! どうしたの!? もしかして、どこか痛いの?」
子どもじゃないんだから。何処か痛くても涙は流さない。涙目にはなるけど。
アスカはかぶりを振る。それを見て、さらにおろおろするカイト。
そのおろおろした姿が可笑しかったのか、アスカはクスクスと笑った。
何がおかしかったのか分からないが、カイトも取り敢えず一緒に笑った。
「ごめんね」と涙を拭いながら言った。
「何を謝ってるの?」
「だって、カイトくんを危ない目に何度も巻き込んでるから」
「危ないこと?」
「うん」
真剣な表情で頷くアスカ。本当にカイトの身を案じてくれている。
そんな彼女を見て、カイトは腕を組み唸った。そして、
「確かに魔獣に襲われる事にじっちゃんの修行は危ないとは思うけど」
「だから、わたし・・・・・・」
彼女の言葉を遮る。
「でもね、別にアスカが出て行かなきゃいけないほど危ないとも思わないんだ」
と、カイトは腕を組みながら行った。
そうなのだ。一般的にはシャレにならないほど危険な状況だけど、カイトにとってはそれほど危険には思えなかった。何故なら、これを危険だと言ってしまったら沙耶やじっちゃんとはとても付き合っていられないし、有馬と凪と親子をやってられない。
沙耶の重大発表にじっちゃんと行くイベント。有馬と凪が会えば当然、ごたごたになる。そして、巻き込まれる。まさに修羅場の連続だ。
命に関わることなのだが、カイトにとっては実生活と比べればそれほど大したことじゃなかった。
「うん。やっぱり、アスカが出ていく必要は無いと思うよ」
カイトは笑顔で彼女にいった。心から本当にそう思っている。
「でも、やっぱり、危ないから。だから、カイトくんから離れようと思ったのに」
アスカはそう言うと俯いてしまった。
その彼女の姿を見てカイトは、何故か自分が悪者のような気がした。
気まずい雰囲気が二人の間に流れた。
どうにかこの雰囲気を変えようと無い頭をフル回転させたが、良い策は出ない。
頭を抱えて、混乱していると突然、強風が吹き込んできた。
「うわっ!」
立っていたカイトは風に押し倒されてしまう。
そのお陰で割れたガラスの破片は彼に突き刺さらずに済んだ。
アスカも同じ様に伏せている。無傷のようだ。
ホッとしたのも束の間、今度はメシメシメシっと木を裂く音がし、一気に天井を持って行かれてしまった。
「欠陥工事だぞ!!」
空にはお月様が輝いている。三日月だ。ついこの間、満月だったのに。
「くうぇ?」
の一鳴きと同時に、巨鳥が首を突っ込んできた。
ただ、首を突っ込んだだけじゃない。思いっ切り嘴でつついてきた。
「のわぁぁぁぁぁぁっ!!」
「きゃぁぁぁっ!」
二人とも嘴でつつかれる度に床が揺れるため立ち上がることが出来ない。
「し、震度7の地震だ!」
地震車の乗った経験のあるカイトはそう叫いた。
振動の続く中、アスカはどうにか立ち上がろうとするが巧くいかない。
恐るべし、大自然の脅威。
一分ほどすると不意に揺れはおさまった。
が、一息つく間もなく今度は巨鳥は舞い上がり、二人を羽ばたきで生み出した風で押し付ける。巨鳥はアスカの上まで来ると彼女をその足で捕まえてしまう。
「アスカ!!」
風で押し付けられながらもカイトは連れ去られていくアスカを見ていた。
大自然の脅威の前にはどうすることも出来ない。
「カイトくん!!」
彼女は叫び声を上げると同時に何か光る物をカイトに投げた。
彼の目の前に落ちたそれは光輝石のペンダントだった。
「魔物がそれを狙ってるの。何処か安全な所に隠して!」
その言葉を最後に巨鳥は飛び去っていった。
「・・・・・・アスカ」
カイトはペンダントを握りしめるとポツリと呟いた。
「必ず、迎えに行くからな」
立ち上がるとアスカの連れ去られた空を見た。
めしめしめしめしっ!!!
突然、カイトの足下が崩れ、巨大な穴が出来た。
「へっ?」
二階はないけど、地下室はあったのだ。
穴が空けば当然。
「わぁぁぁぁぁ・・・・・・」
落ちる。お約束である。
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