フェイはただならぬ雰囲気に目が覚めた。
すぐに彼はベッドの側のテーブルに立て掛けている剣を手にした。
「フェイ、どうしたの?」
彼の放つ緊張にフィーナも目が覚めた。
フェイは人差し指を唇の前に持っていく。
「フィーナはここにいろ。いいな」
「うん」
剣をベルトに掛けながら、フェイはドアに手をやった。
ドアの外には人が彼の家を取り囲んでいた。
その中にはフェイの知った顔もあった。
骸騎兵も五騎いる。すでに戦闘態勢は整っている。
人々の威圧的な雰囲気に圧倒されそうになりながらもフェイはキッとした顔で彼らを睨み付けた。
「こんな朝早くに何のようだ!!」
「あいつです。あいつが魔女を匿っているんです!」
そう骸騎兵に叫んでいる男には見覚えがあった。
フィーナを襲っていた男の一人。
「あいつ!」
フェイは声を押し殺してそう言った。
「即刻、女を渡せ」
骸騎兵は低い声で命じた。
「フェイ、あのフィーナって娘は魔女だったんだよ!」
オルバだ。
「素直にあの娘を渡せば、お咎めなしだから」
オルバは必死にフェイを説得する。
彼の言う通り、フィーナには魔女と呼ばれても仕方のない力を持っている。
すでに彼女は数十もの人間の命を奪っている。
フィーナの意思ではないにせよ。
だが、何の力も持たない者にとっては恐怖以外の何者でもない。
オルバが悪いわけではない。彼は友人であるフェイを助けたい一心なのだ。
得体の知れない者と一緒にいさせられない。ただ、それだけなのだ。
「それは爺さん、ウィルダム爺さんもそれは承知しているのか」
「・・・・・・・・・・・・」
オルバは黙り込んでしまった。
「オルバ、どうなんだよ」
「爺さんは死んだよ。今日、顔を出したらコルさんが泣いてた」
「・・・・・・そうか」
「じじいの死などどうでもいい。早く娘を渡せ」
フェイは骸騎兵を睨み付けた。
「断る! フィーナはオレの者だ。誰にも渡さない!!」
彼はきびすを返し、家の方に走り出した。
「フィーナ、逃げるぞ!!」
「やれ」
「わあぁぁぁっ!!!!」
「!?」
フェイは右脇に熱いものを感じた。
フィーナを襲ったもう一人の男が彼の右脇腹を槍で突いたのだ。
身体に力が入らなくなり、フェイはその場に倒れ込んだ。
「や、やった。やったぞ」
手にしている槍に彼の震えが伝わる。
その槍を伝ってフェイの血が男の手に掛かった。
「!!、わぁぁぁっ」
男は血に恐れを抱き、その場で腰を抜かして動けなくなった。
「フィーナ!! 逃げ・・・・・・ろ・・・・・・」
彼はそれだけ言うと事切れた。
「フェイ」
ドアを手にしてフィーナが立っていた。
「フェイ」
彼女は信じられないものを見るかのように倒れたフェイを見ていた。
「フェイ!」
何かに急き立てられたかの様にフェイの元へと駆け寄った。
「フェイ。ねぇ、フェイ!」
フィーナはフェイの身体を揺すった。
「フェイ、フェイ、・・・・・・フェイ」
何度も何度も揺すった。何度も何度も・・・・・・。
彼女の掌で感じていたフェイの暖かさが次第に失っていく。
やがて、フィーナは身体を揺らすのを止め、肩を震わせ泣いた。
彼女は小さく何かを呟いた。
呟き続けた。
そして今、彼の身体から暖かさは消えていた。
フェイは死んだのだ。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ・・・・・・」
魔女だ。魔女が、魔女が呪いをかけようとしている。俺に呪いをかけようとしている。フィーナの呟きを勘違いしたのだ。
男は恐怖に顔を引きつらせ、後退しようとするが身体が思うように動かない。
脚をばたつかせても全然、後ろに行かないのだ。
男は涙を流しながら、地面に落ちていた槍を手にし、フィーナを突き刺そうとした。
フィーナは微動だにもせず、男を見据えていた。
「あぁぁぁぁぁっ!!!」
その瞬間、男の身体が四散した。
『完全守護』の力が発動したのだ。
「魔女だ」
「魔女の力だ!」
「あいつを殺さなければ俺達が殺されるんだ」
そう言った殺意が高まり始めていた。
殺さなければ殺される。
殺さなければ、ころさなければ・・・・・・。
フェイの家を取り囲んでいた者の一人が駆け出した。
それをはじめに堰を切ったように人々は駆け出していった。殺意を持って。
「ま、待て。殺してはならん! 止めるんだ!!」
骸騎兵の制止ももはや通用しない。
こうなった時の人間はもはや何も考えてはいない。
ただ、恐怖から逃れる為に殺人を犯す。
動員兵たちの戦場心理と同じものだろう。彼らに理性はもうない。
フィーナの前に巨人が、『完全守護』の力が具現化した。
血の海が出来上がるまでそう、時間はかからなかった。

殺意に満ちた人々はもういない。骸騎兵もいない。
いるのはフィーナとフェイだけだ。
彼女はフェイの身体を抱いていた。
「ウィルダムさんの言う通り、私の中に『力』があるのなら、フェイを護って。私の命を上げるから」
フィーナは真剣にそう思った。
純粋にフェイを救いたい。そう思った。
「お願い」
その瞬間、フィーナの身体から緑色の風が吹いた。
突風だ。
激しい風が二人を中心に吹き荒れた。
風が収まるとそこには何もなかった。前からそうだったかのように。



フィーナとフェイがいた場所に、二本の小さな木が芽吹いていた。
長い年月を経るに連れて、二本の樹はやがて一つとなった。
やがて、その樹は天をも貫くような巨大な樹になった。
その樹を中心に緑が生い茂り、枯れた大地を覆っていった。
誰からともなくその樹を世界樹と呼ぶようになった。






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