第六章

第四話 TRICK or TREAT 3

 ラディウスの北進の報せを受けて、当然アスナに出陣を見合わせる意見は多く出た。
  万一があってはならず、敵の進軍経路が複数に及ぶとの予測から王城に座していた方が全体の統率に有利だ。対ロゼフ戦にも大きな変化を与えることは確実なのだから、なおのことエグゼリスにいるべきだ、などなど。
  これらの意見をアスナは却下した。
  エルトナージュと近衛騎団を出陣させる以上、自身も出るべきだという義務感があるが、それを口にはしなかった。
  その代わりにラディウスに例の件を通知する際にアスナの同席するか否かで説得力がことなるから、というものであった。
  心情的な意味ではもう一つある。
  南部は内乱で駆けた地だ。これを敵に踏み荒らされてエグゼリスに留まっていられない。
  アスナは諸処の手続きを一つ一つ済ませていき、宰相シエンに留守中の統括を任せた。
  また、儀礼的な諸行事はトレハを中心に執り行って貰うことにした。
  対ラディウス戦線を担うべく南方総軍が編成され、その総指揮官にファーゾルトを任命。
  ラインボルト史上初の竜族の総司令官が誕生したのである。
  北方総軍を率いるゲームニス以上の兵力を委ねられたことから、同時に次期大将軍候補に一躍踊り出したことも意味した。
  南方総軍が率いる部隊は第二魔軍、第三魔軍、近衛騎団、一般軍六個。これに加えて、第六○三独立強襲戦隊、予備役五万人相当の人員が招集された。
  予備役は基本的に避難民の誘導、再訓練後に予備兵力として配分される。
  海軍は主に兵員、物資の輸送に従事する。彼らは河川防衛の関係から輸送業者との関係が深いこともあり、緊急に必要になった物資の購入の仲介も申し出た。
  通常の軍務から逸脱したこの申し出は内乱を傍観していた事への謝罪の意味もあった。
  なにより参謀総長、軍令部総長の二人が諸大臣の前で叱責されたことが大きかった。
  国難を前にして協力している姿を見せなければ、二人揃って左遷となりかねない。
  そういう二人の恐れが手を携える切欠となったのだ。
  これにアスナは非常に満足した。
「アリオン。軍務卿、参謀総長、軍令部総長の家にこっそりとお茶菓子と酒を一本届けるように手配しておいて。この調子で頼むって言伝もつけて頼む。家の人に渡してくれれば良いから」
「わかりました」
  報告書の束を持ってきたアリオンにそう命じると更に積み上げられた書類を見る。
  出陣するのは止めないからギリギリまで仕事をしろとばかりに次々と案件が持ち込まれてくる。一つ一つ目を通しているが減る気配がない。
  執務室にはエルトナージュ用の机と椅子が用意されている。彼女は持ち込まれる報告書や提案書に目を通して緊急性のある物や戦争に関わるものとそれ以外の物に仕分けている。
  全てアスナが目を通していたのでは食事を摂る時間もなくなってしまう。
  彼女の前にはアスナが判断をする書類と大臣の判断で処理を命じる書類、判断保留とするものを入れるものを入れる箱が用意されている。
  最近は落ち着いていたのだが、ラディウス参戦による余波でアスナに回される書類が一気に増えたのだ。その増えた書類の中に『官僚が通したい案件に関わる書類』が紛れ込ませてあるのだ。そういった物は保留の箱に放り込む。
  非常時でも機会を逃さないのも官僚の習性なのかもしれない。
  そうやって彼女に不要不急の書類を取り除いて貰っているが、それでも多い。
  ……まさか、このまま書類に埋もれさせて出陣させないつもりか?
  などと詮無いことを考えつつ次の書類を手に取る。
  ラディウス軍の先陣と思しき城殻竜、ヴィドゼガ騎士団の同行についてだ。
  騎士団はティアンという街に乗り込みそこを占領しているという。城殻竜が郊外に留まり、騎士団員の殆どは街に入っていないそうだ。
  食糧などの購入や娼館に酒と女を手配させるに留まっている。
  少なくとも乱暴狼藉の類は行われていないとのことだ。
  ……まずは一安心か。
  この騎士団に関して気になる記述がある。
  城殻竜の上空に浮遊島が現れたと書かれているのだ。
  島からは無数の飛竜や翼人が飛び回っているという。島の規模はティアンの街よりも大きい。上空にあるため、島の上がどうなっているのかは分からない。
  ちょっとした都市国家程度の広さがあるのではないかと推測されるそうだ。
  ラディウスが二つ所有しているので形状からどちらが攻め込んできているのか精査しているところだと報告書にはある。
  いや、それよりも……。
「浮遊島……ってなにさ?」
「文字通り空飛ぶ島ですよ」
  書類から目を離さずにエルトナージュが応えた。
「大昔、幻想界には浮遊大陸があったんです。そこには翼人っていう背中に翼の生えた人たちがティアレスという国を営んでいたんですが、竜族が空は自分たちの領域だと言い出して戦争を仕掛けました」
「なんか、竜族関係の逸話って似たようなのばっかりな」
「それだけ強いですからね。話を続けると、当時の翼人は魔法に長けた者が特に多かったらしく戦争は長期に及びました。業を煮やした竜族は浮遊大陸を割ったの」
「……はい?」
「これも文字通りね。幾つも割って翼人の国土を崩したの。ちなみに国を割った魔法はリーズの内乱のお陰で失われたらしいわ。その後、浮遊大陸の欠片の殆どはリーズの有力者が別荘地にしているわ」
「空の上の別荘地か……。見晴らしは良いだろうなぁ」
「でしょうね。ラインボルトは所有していないから知識以上のことは教えて上げられないけれど。……で、浮遊島がどうしたんです?」
  その表情は答えを理解しているようだ。
「ご想像通り。城殻竜の上空に現れたそうだよ。今のところ騎士団と同じく大人しくしてるらしいけど」
「なんというか厄介な、としか言いようがありませんね」
「全くね。魔王の残光何発がぶつけたら壊せる?」
「見てみないことには確実なことは言えませんけど、多分無理。あれはあれは地表を薙ぎ払うような魔法だから。ちょっとした城程度なら跡形もなく壊せるけど、島は割れないと思う」
「なら、正攻法か。第六○三独立強襲戦隊に検討させておこう。エルが加わった場合、ヴァイアスも加わった場合。六○三単独の場合」
「それが妥当でしょうね。騎士団をどれだけ早く倒せるかが鍵だもの」
  主力たる第二魔軍と近衛騎団をヴィドゼガ騎士団に拘束され続ければ、それだけラディウスへの対処が遅れる。逆に早ければ戦場をラメルのみに限定できる可能性もあるのだ。
  ラインボルトは四方を大国に囲まれているため、兵の移動をいち早く行えるように道路の整備が行き届いている。敵の進軍速度を上げることにも繋がるが、それよりも対応力を取った形だ。道路は平時にも大いに活用されるため、投資して損はない事業だ。
  幻想界有数の良好な交通状況であっても移動には時間がかかる。
「今更のことだけど、やっぱ戦争は自分のとこの領土でやるもんじゃないな。やらないといけないのなら断然敵地でだ」
「賠償金目的ならそうかもしれませんね」
  領土を奪うのであれば、割譲後の統治も考えねばならないため大がかりな戦場にするのも難しい。
「とはいえ追い返すのも相当な苦労ですよ。アジタのティルモール陛下のご苦労を考えると。エイリアはどうなります?」
「アジタ王陛下の顔を立てて、あちらから攻めてこない限りはこちらも動かさない。陛下とエルのお義母さんに手紙を出して貰う。それと暫く王城で暮らして貰おうって提案が来てるんだ。ラディウスが暗殺を企てて、それに怒った国民がエイリアに攻め込めなんて言いだしたら大変だし。暴徒がお義母さんの屋敷に押しかけるとも限らないからって。遠慮して辞退するようだったら、悪いんだけどエルが迎えに行って」
  先王の王妃であり、エルトナージュの義母であるイレーナはエイリアの出身だ。
  先王崩御の後も実家には帰らずにエグゼリス郊外で静かに余生を過ごしている。
  彼女からは、ラインボルトの国益に適うようにエイリアのことは判断するように言われている。自分が王城にいれば、甘い判断を下さねばならなくなるかもしれないから、と遠慮する恐れがあるのだ。
  今頃、使者が彼女の屋敷を訪れているはずだ。
「そうですね。ありがとう」
「どういたしまして」
  そうして再び書類を読み始める。
  アスナも午後から挨拶をしておかなければならない人がいるのだ。
  その前にできる限りのことをしておきたかった。

 陶芸家や建築家を交えての昼食会を済ませた。
  それでも彼らが持ち込んだ陶芸は繊細で美しい白磁や青磁であり、建築家は模型を披露した。アスナには専門的なことはさっぱり理解できなかった。
  折角、カップや皿を送られたてもあまり嬉しくはなかった。
  王城を建て増しする必要を感じないし、陶器についても日常的には割ったり欠けたりしても気にせずに済む安物を好んだ。貧乏性気味なのだ。
  気のないやりとりに彼らは気落ちしてしまったが、今はそちらに興味を割くことはできない。
  イレーナの元に向かわせた王宮府の職員が戻ってきた。
  予想したとおり義母は王城に来ることを辞退したという。
  エルトナージュに迎えに行かせ、自身も外出をした。
  馬車に揺られながら向かう先は郊外にある住宅街だ。富裕層向けの住宅地だ。
  無紋の馬車に揺られながら、黙って目を閉じていた。
  ……予定じゃのんびりと冬を越せると思ってたんだけどなぁ。
  ロゼフでは雪が降り始めると大軍での移動は非常に困難になる。
  何度か斥候同士での小競り合いはあるだろうが、アスナの耳に届く規模の戦いは起きないだろうとの予測が経っていた。
  戦争に一息付けるのはラインボルトにとって必要なことだった。
  何よりアスナに必要なのだ。典医を務めるロディマスからもお墨付きを貰うほどに疲れやすくなっていた。
  ロディマスの勧めもあって、せめて冬の間は戦争から離れて、ゆったりと過ごす予定だったのだ。
  郊外の馬場で乗馬を楽しんだり、天鷹公から贈られた鷹を飛ばしてみたり、美術館に見学にも行くつもりだった。近衛の副団長であるデュランに若干、不健全な遊びに連れ出して貰う予定だったのだ。それが全て取り消すことになって残念だった。
  やがて馬車は塀と植木で囲まれた敷地に入った。煉瓦詰みの瀟洒な屋敷だ。
  要所には警護の兵が立っているのが見える。全て近衛騎団の団員だ。
  馬車が止まるとサイナを始め警護の団員たちが散っていく。
  屋敷の管理人と警備担当者がアスナを出迎えた。
「お待ちしておりました。テラスでお待ちです」
「案内頼む」
  管理人に先導されて屋内に入った。外観にそぐわぬ落ち着いた暖色で揃えられている。
  開放された部屋を覗くと非常に明るい。普段締め切っている部屋のような埃っぽさは感じられない。
  ……扱いは悪くなさそうだな。
  その点を心配していたが、杞憂であったようだ。
  通されたテラスでは男が待っていた。
  アルニス・サンフェノン。もう一人の魔王の後継者。
  白地のシャツに黒のズボンと非常に軽い。赤い頭髪が映えてみえる。
  一国の副王相手には相応しくない服装だが、アスナはあまり気にしない。
「改めて、坂上アスナです」
「一別以来だ。アルニス・サンフェノンだ」
  二人の後継者がまともに挨拶を交わした瞬間であった。

 以前、顔を合わせたのはシエンら議員に伴われて現れた時以来だ。
  エルトナージュの宰相解任とドゥーチェン議員によるアスナ殺害未遂事件が重なり、まともに挨拶すらできなかった。
  一応形だけの自己紹介したが、あれは敵に白手袋を投げつけるようなものだ、とアスナは思っていた。
  アルニスに促されて、彼の対面にある席に着いた。
  椅子と卓には精緻な彫刻が施され、すぐに整えられた茶器も非常に奇麗なものだ。
  自分が普段使いしている物を思い出して苦笑してしまう。
「どうした。何か可笑しいことでもあったか?」
「別に。こういう品を自然に使えるんだなぁって。周りにはもっと良い物を使ってくれって怒られてる」
「……そなた。不器用者か?」
「こっち来てから皿を割った事なんてないよ。ただ、高い物を扱い慣れてないだけだよ」
「今現在、世界で一番散財している男が小さなことを」
「そうかな」
「そうだとも」
  茶が用意された。菓子とともに白磁の容器もある。
  執事が二人の茶器に茶を注いだ。アルニスはすぐに手を付けずに白磁の容器を開けた。
  中には苺ジャムが入っている。彼はスプーンでジャムを掬い口に含んだ。
  それからお茶を飲む。
  ……ロシアンティー風か。
  アスナが実家にいた頃は砂糖代わりにお茶の中にジャムを溶かし入れる飲み方をしていたが、アルニスがやっている方法が正しい。
  黙ってアスナも彼の真似をしてジャムを口に含む。
  甘さの中に果物の酸味が強く残っている。彼の好みなのだろう。
  続けてお茶を飲む。すると口の中にある酸味が解けていく。
  お茶に溶かす方法は茶葉の渋みが強調されるようであまり好きではなかったが、こちらは飲みやすい。ただ、ジャムを舐めながらというのが子どもっぽいと感じてしまう。
「甘くないビスケットはある?」
「すぐにご用意いたします」
  執事は一礼をし、部屋を辞した。
  アルニスが茶器を皿に置いた。
「人払いする話か?」
  単純にビスケットに付けて食べたら美味しいかもと思って頼んだだけであった。
  だが、丁度良いのは確かだ。
  アスナは小さく首を傾げて、本題に入ることにした。
「ラディウスが北上してきている。今、色んなところで大慌てだよ」
「なるほど。あの者らから見れば好機か。……それで?」
「ラディウス家に提案をするつもりなんだ。連中は自分たちこそ本当のラインボルトだって言ってる。だったら、それを証明して貰おう」
「……ほう」
  アルニスは察したようだ。茶を口に含んだ。
「中々奇抜なことを思いつく。それだけに諸方で文句が出ているのではないか?」
「出しそうな人を集めて、オレからの提案をどうするのか話し合わせてる。検討の結果、どうなるかはまだ分からないけど」
「なるほど。上手く当事者に仕立て上げたか」
  と、彼は小さく笑った。
「オレとしてはこれから起きることの責任を分担してくれるから、肯定でも否定でもどっちでも良いんだけどね」
「それが私を尋ねてきた理由か」
「……怒ってない? シエンはなにか言いたそうだったけど」
「不満で腹を膨らませるほどのことではないな」
  気遣ったことこそ笑止とばかりに鼻を鳴らされた。
「故国にいた頃の侮蔑に較べれば何ということはない。それに私とそなたは自らの選択の結果としてこうなっている。そなたが内乱を収拾できていなければ、逆の立場となっていただろう。それだけのことだ」
  仮に、とアルニスは話を続けた。
「怒りを覚えるようなことがあるとすれば、それはそなたが投げ出して何処かへと姿を隠す時だ」
「肝に銘じるよ」
「それと、だ。ラインボルトはすでに大いなる選択を済ませている。そのことを忘れぬことだ」
「大いなる選択?」
  アスナは茶器を手にとって尋ねた。
「考えることだ。それ以上は話さぬ。それで今回のことはなしとしよう」
「……了解。そうしよう」
  彼はリーズの伯爵だ。つまり、選択というのはリーズに関わる何かなのだろう。
  思い当たる点はあるようで、違うような気がする。
  ……考えろというのが宿題か。
  そんなことを考えながら茶菓子を口に放り込んだ。
「しかし、そなた。よく平気で物を食べる。見方を変えれば敵地であろうに」
  呆れた表情を隠さない。
  用意された茶菓子は各種ある。甘い菓子から総菜パン風のものまで幅広い。アルニスは甘い物が好きなようだ。
「そうかもしれないけど、貴方がいるから割と大胆に動けるってのがあるから。保険相手に疑いをかけても仕方がない」
「そなた。正気で言っているのか?」
「後釜がいるってのは楽なもんだよ。万が一オレに何かあったとしても、宰相はシエンで続行だし、あの人なら上手にやってくれるだろ」
「随分と買っているな」
「真面目な人だからねぇ。伯爵のことはよく分からないけど、シエンが担いだんだから大丈夫なんじゃないかな、って」
「得た地位を長く保持し、生命の危機があるなら他者に負わせるものだろう」
  これはリーズでの経験が彼に言わせたのだろう。
  リーズにいる竜族の生命とは政治生命のことを指す。
  今上竜王ファーディルスの御代においては浮き沈みが非常に激しい。
  王の目に留まった勲功ありし者は積極的の昇進し、そうでないものは沈んでいく。
  故に危険な手は他者に委ね、その功績を掠め取ることが一般的となっていた。
「一般的にはそうなのかもしれないけど」
  堅焼きパンを薄切りにし、塗ったバターの上から砂糖を振りかけて軽く焼いた物を口にする。ラスクとはまた違った食感で美味しい。
「ほら、オレは王様だから。万が一のことを考えておかないと。だから、出陣前に王族会議にオレの死亡が確認されたら、すぐに伯爵に王の力を相続させるようにって手紙を残しておくから。そういうこともあるかもしれないぐらいに思っておいて」
「よかろう。そなたのやりようをここから見物してやろう」
「ん。それで十分だ。……話が全然変わるんだけど」
  そこで流れを見計らっていたのか執事が皿にビスケットを載せて戻ってきた。
  アスナは彼に会釈をし、ビスケットにジャムを塗る。
「ここでの暮らしはどう? 不便はないようにしろって命令を出してるけど」
「特にないな。隠棲するには丁度良い。……ただ、招かれざる客が度々訪れて閉口しているがな」
「招かれざる客?」
「未だに私を担ごうとする輩がいる。暇潰しの相手にはなるが、厭わしくなることもある。気になるなら名簿を作って渡してやろうか」
  アスナは首を振った。
「誰と会ったとか管理したくないから。けど、会いたくない人がいるんだったら、連絡が欲しい。こっちから手を打っておくから」
「そうさせてもらおう。しかし、そなた本当に茶器の扱いがぎこちないな。そのようではリーズを訪問した際に嘲笑の的になるぞ」
「とは言っても割って買い換えるのも勿体ないじゃない」
「そう思うのであれば、若手の職人が作った物を使えばいい。名が売れていなければ安く購えるぞ。窯も名を売る機会にもなる」
「それってリーズでのやり方?」
「貴族だが懐が怪しい家では良くやる手法だ。その若者が大成すれば、陶器は箔が付き価値を得る。商会に金を預けるほどの見返りはないが、賭け捨てになっても問題はない程度の投資だ」
「なるほどねぇ。それじゃ、今日つれない態度をとった窯元から買ってみるかな」
  などと二人は下らない話をお茶がなくなるまで続けた。
  これで最低限、アスナの口から同意を求めねばならない人には伝えた。
  あとは議論の結果を待つだけだ。一朝一夕では決まらないだろう。
  ラディウスと直接対峙するまでに決まってくれればと思わずにはいられない。
  なにしろ、許可が出ればアスナはラディウス家に自ら事実上の死刑宣告をせねばならないのだ。自分で言い出したことだが、それでも気持ちを整える時間が必要だ。
  願わくば単なる大規模演習であることを期待せずにはいられない。
  戦争を決断した者が抱くのもおかしな感慨であっても、死出の旅を強要した男として歴史に名を刻みたくはない。素直な気持ちであった。
  それでも協議会の同意が得られれば、自分はそれをするという自覚があった。
  対抗できるか見込みのない大戦争に突入するよりも、謀略を用いて回避できる可能性を模索した方がよい。
  一国の王としての判断であった。

 

 



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