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一方、その頃、我らがカイトはどうしていたかというと。
ご機嫌で帰宅の途についていた。もちろん、アスカと一緒に。
全員から見事にお家賃を戴けたお祝いに外でご飯を食べようとカイトが提案したのだ。
外でご飯とはファーストフード店やファミリーレストランの意味じゃない。
ちゃんとしたレストランだ。あまりの嬉しさに大奮発したのだ。
その上、食事の前には映画まで観ている。大奮発を越えて超奮発だ。
もちろん、その前に維持費や保険料などの諸経費を納めた後でだ。
最近の金融機関は休日でもやってくれるのだ。
それはそうとご機嫌なまま二人は歩いていた。
「何か、久しぶりに贅沢したって気分だな」
「あんな所で食事したの始めて」
「そうなの? それじゃ、また、行こうか」
何時になるか分からないけど。
と、心の中でポツリと呟くカイト。
「うん」
アスカは笑顔で頷いた。
心地良い風が吹き抜ける。
その風がアスカの黒髪を靡かせる。どこか神秘的に見える。
「気持ちいい」
彼女は自分の髪を手で押さえながらそう言った。
カイトはそんな彼女に見惚れていた。自分でもドキドキしているのが分かる。
はっきり言ってとっても良い雰囲気。微笑ましいほど良い雰囲気。
そんな二人をお月様は和やかな光を送り続けている。
「ねっ、カイトくん」
笑顔でアスカは自分の横を歩くカイトを見た。
「?」
が、その笑顔はすぐに怪訝な顔つきに変わった。
カイトは目を点にして自分の方を見ていた。
思わずアスカはカイトの顔の前で手を振ってみる。反応無し。
次は両手を振ってみる。反応無し。
もしかして、さっき食べた物に変な物でも!?
でも、わたしは平気だし。
「カイトく〜ん。・・・・・・お〜い」
もう一度、彼の顔の前で手を振ってみる。次は声つきだ。
ぎこちない動きでカイトはアスカの方を指さした。
「わたし?」
思わず彼女も自分を指さす。
だが、カイトの指はアスカの頭を通り抜け、彼女の斜め後ろを指して止まった。
雲が二人の上を覆っていく。
「?」
彼女は一度、小首を傾げてから、後ろを振り向いた。
そこは何処かの家の屋根。屋根の上には妙な物体がある。
アスカは目を細めてみたけど、やっぱり、良く分からない。
少しずつ雲が晴れ始め、やがて、月の光が再び注ぎ始める。
異様な光景がそこにはあった。ひじょ〜に不可解な光景。
屋根の上でサルがバナナを食べていた。何故かクリスマス用の帽子を被って。
ここまでだったら、冬だし、何処かから逃げ出して来たんだろうと思うだけだが(ホントか?)、あのサルは・・・・・・巨大だった。尋常じゃないほどに。
サルは二人に気付いたのか一度、こっちの方を向いて眩しく輝く白い歯を見せた。
「ウキッ」
まるでおもちゃのサルのような笑みを浮かべている。
今にもシンバルをシャンシャンとならしそうな勢いだ。
アスカはブリキのおもちゃのようにギリギリと音を立てて首を元に戻した。
「・・・・・・サル」
カイトは顔を引きつらせて頷いた。
ばさっと二人の側にバナナの皮が落ちてきた。こちらも信じられない大きさだ。
続いて、軽やかな動きでサルも飛び降りてくる。妙な笑みを浮かべて。
「サルも木から落ちる?」
「落ちたんじゃなくて、飛び降りたの!」
アスカはそう言うとカイトの手を取って走り出した。
サルもおもちゃのような笑い声を上げると走り出した。
アスカに引っ張られながらカイトは叫いていた。逆だろ、普通は。
「何でサルが、サルでサルなんだよ。あぁ〜、サル!!」
混乱しながら叫き続けるカイトよりは冷静なアスカは周囲の異変に気付いた。
周囲が油絵のようになっていることに。
「・・・・・・結界」
「アスカ!」
「えっ!?」
突然、アスカは引っ張られた。彼女がいた場所にサルは拳を振り下ろした。
間一髪だ。
「こっち」
今度はカイトが彼女の手を取って違う方に走り出した。
彼は近くにあった細い道に入り込んだ。
「こ、ここなら。入ってこれないはず」
後ろを振り向くとサルは両手を振り回して地団駄を踏んでいた。
その姿にホッとしたカイトだったが歩みの早さを緩めなかった。
と言っても道幅が狭いから普通に歩くよりも遅くなってしまう。
「あれって、やっぱり」
「魔物よ」
「やっぱり」
少し頭を垂れるが気を取り直したように顔を上げる。
「じゃ、この前みたいに封魔の術で」
「・・・・・・・・・・・・ダメなの」
「えっ」
アスカの一言にカイトは足下の石に躓き掛けた。
「今日、光輝石のペンダント持ってないの」
「何で!? いつも肌身離さず持ってるって言ってたじゃない」
「だって、カイトくんがこっちの方が良いって言うから」
月明かりでペンダントは蒼い光を放つ。
出かける前にこっちの方が良いよと言ってプレゼントした物だ。
イベントで手に入れたまま、引き出しに入っていたペンダント。
「・・・・・・そうでした」
だが、ここでカイトを責めるのはお門違い。
珍しく女性のファッションに気付いたのだ。
褒めて上げる事はあっても責めちゃいけない。ただちょっと、運がなかっただけ。
二人はようやく細道を出られた。
「ふぅ」
「これでちょっとは時間稼ぎが出来たはず」
「えぇ、早く家に帰って光輝石を取りに行かないと」
お互いに頷き合うと再び走り始める。だが。
「ウキキッ!」
あの巨大サルがおもちゃ的な笑みを浮かべ待ち構えていた。
「えぇ、何で!?」
「・・・・・・回り道したのね」
「アスカ」
「カイトくん」
お互いの手を取り駆け出す。が、お互いに違う方に走り出したため転けてしまう。
今度はさっき通った細道を戻ろうとするが同時に動いたためお互いに衝突。
じりじりと迫る巨大サル。
守ってあげないと。
サルを見据えつつカイトはそう思った。
やっぱり、こう言うときは男が頑張らないと。
珍しく男らしい事を思ったカイトは即行動に移した。
「アスカ、早く逃げて!」
後ろの細道をカイトは指さした。
「カイトくんは!?」
「ボクのことは良いから。早く!!」
「でも」
「いいから、言うことを聞け!」
珍しく語気を荒げながらカイトはそう言った。
「うん」
カイトの言葉に背中を押されアスカは細道に戻っていった。
それを確認するとカイトは再び巨大サルの方に目をやる。
彼の目が一気に見開かれた。
すぐ目の前に巨大サルがいたのだ。それも両手を振り上げて。
「ア、アスカ、早く早く」
彼女の身体はもう完璧に細道の中にいるけど、カイトが入れるほどの隙間はない。
「早く早く」
焦りまくるカイトだが、この場から逃げようとはしない。
混乱しすぎて動けないのか、それとも使命感か。・・・・前者のような気がする。
そんなカイトを嘲笑うかのような笑みをサルは浮かべ、その巨大な両腕を振り上げた。
もうダメだ!!
カイトは硬く目を閉じた。
「カイトくん!」
さよなら、アスカ。無事に逃げてよ。
・・・・・・・・・・・・あれ?
痛みも何もない。頭に受けるはずの衝撃すらも感じない。
即死って、こんなに楽なの?
などと馬鹿な事を考えながらカイトは目を開けた。
そこには真紅に輝く薔薇が一輪、地面に突き刺さっていた。
その時!!
「ぬわ〜はっはっはっはっはっはっはっは!!!」
一定のリズムで響き渡る笑い声。一部の隙もない完璧な笑い声。
勇気と友情、愛と正義、自信と信念を含んだ笑い声。
これこそヒーローの笑い声と呼ぶにふさわしい。
その笑い声にキョロキョロするサルとカイト。
「真紅の薔薇がある限り、悪が栄えることは無し!」
突如、何処からともなくアップテンポのリズムが流れてくる。
心を奮い立たせるような、それでいて気高さを感じさせる曲。
「あそこだ!」
カイトは声を上げ、声のする方を見た。
満月を背に電柱の上に立つ人物が一人。
「闇夜に紛れ、悪を討つ。とう!!」
カイトの目に一瞬、あの人物が不敵な笑みをしたように見えた。
彼は月の光を一身に浴びながら、空中三回転をやってのけ、その勢いのまま巨大サルに一蹴を喰らわす。そして、その反動を利用して空中で身体をひねる。
そして、着地も見事に決める。
寸分の乱れもない完璧な着地だ。まさにヒーローと呼ぶにふさわしい。
「皇聖院悠三郎。ただ今、参上!!」
そして、笑みを見せる。白く輝く歯が眩しい。
「じ、じっちゃん!?」
カイトは信じられないようなもんをみるようにじっちゃんを見た。
「何で、じっちゃんがここに」
「なに、ちょっと散歩でここらをぶらついていたところを通りがかっただけじゃ」
本当は金策に知り合いの家を駆けずり回っていたのだ。
「こら、余計な事は言わんで良い!」
「じっちゃん?」
「いや、何でもない」
そう言って咳払いをするじっちゃん。
「カイトくん! ・・・・・・おじさま!?」
カイトの安否が気になってアスカが飛び出してきた。
「おぉ、アスカくん。大丈夫じゃったか」
「はい」
「うむうむ。しかし、カイトよ。お前もおたくの端くれならばあの程度の魔獣に手こずるんじゃない」
「あんなゴリラよりも大きなサルをどうしろって言うんだよ。武器もないのに」
「あの程度の魔獣、ゲームの中でいくらでも倒しておろうが!」
「じっちゃん、虚構と現実がごっちゃになってる」
「何を言うか。おたくを極めし者に不可能はない!!」
カイトは後ずさりし、プロのおたく、恐るべしと思った。
一方、じっちゃんに蹴りを入れられた巨大サルはゴミ箱に頭から突っ込んでいた。
サルはゴミ箱から顔を出し、顔を振った。その目に和やかに話すじっちゃんの姿が映った。その瞬間、サルの目は黄玉色になり、身体を取り巻く獣毛は総毛立ち針のようになる。そして、体中の筋肉が隆起、肥大化する。
もはやそこにはおもちゃのサルの面影は何処にもなく、魔獣がいた。
「ぐわぁぁぁぁっ」
唾液を滴らせ、獣の吐息を吐き出す。
そして、瞬時にじっちゃんとの間合いを詰め、右腕を振り上げる。
「じっちゃん!」
「おじさま!」
二人の声が響く。
「ばかものが!」
じっちゃんは振り向きざまに右拳を突き出す。
彼の拳は魔獣の額にめり込み、そのまま振り切る。
魔獣はじっちゃんの拳を受け、民家の塀までぶっ飛ぶ。
「貴様程度の魔獣にやられるわしだと思ったか!!」
塀にもたれ掛かったまま魔獣はじっちゃんを睨み付けた。
「いいじゃろう。満月の夜にのみ使える秘奥義を見せてやる。とうっ!」
じっちゃんは高く跳躍すると再び電柱の上に飛び乗った。
「月の光は破邪の光」
指を天高く月を指す。
すると月の輝きが増し始める。
「受けよ、破邪雷光!!」
そして、その指を勢い良く魔獣を指す。
月光は瞬時に集束し、白銀に輝く稲妻となって、魔獣に襲い掛かった。
「ぐおぉぉぉぉお・・・・・・」
魔獣は断末魔の叫びと共に消え去った。後には何も残ってはいなかった。
「愚かな。魔に身を沈めた者の最期は哀れじゃのぉ」
感慨ぶかげにじっちゃんは魔獣のいた場所を見つめていた。
「じっちゃん。何、あの技は」
「なに、おたくたるもの必殺技の一つや二つ身に付けねばならぬと思ってな。古今東西の魔導書や武道書を紐解いて体得したものの一つじゃ」
「・・・・・・ただのおたくじゃなかったんだ」
カイトの中のじっちゃんポイントが少し上昇した。キラリンッ!!
「勘違いをするでない。わしがおたくであるからこそ出来た事じゃ。ひとえにおたくに秘められし特殊能力のお陰じゃ!」
「・・・・・・・・・・・・」
やっぱり、おたくだからなのね。
カイトは思いっ切り溜め息を吐きただした。
そんな彼とは正反対にアスカは感動でそのつぶらな瞳を潤ませていた。
彼女の眼差しは尊敬の念が込められている。師を敬愛する弟子のような瞳だ。
「おじさま!」
「なんじゃね。アスカくん」
真摯な瞳でじっちゃんを見つめるアスカ。
そんな彼女の情熱的な視線にじっちゃんは少し勘違いをした。
・・・・・・・・・・・・惚れたか?
「おじさま、今の技をご教授下さい!!」
『はぁ?』
カイトとじっちゃんは同時に声を出し、お互いの顔を見合った。
「お願いします。おじさま!」
胸の所で手を組み、アスカはじっちゃんを見上げた。微かに目が潤んでいる。
「・・・・・・理由を聞こうかの。それによっては」
そう言うとじっちゃんはその場に座り込んだ。
「・・・・・・はい、分かりました」
アスカも同じように座った。
「こら。カイトも座らんか」
「・・・・・・う、うん」
少し躊躇したがカイトは地べたに座った。
街灯の下、道のど真ん中に座る三人。かなり異様な光景だ。
「実は、カイトくんはこの地を護る勇者様なんです」
「なんと!?」
アスカは掻い摘んで語り始めた。
光輝石がカイトを選んだこと。魔が蘇りつつあること。
そして、自分が勇者の巫女であることを。
はっきり言って常人だったら、余りにも突拍子のない話しに笑い出すだろう。
だが、じっちゃんは腕を組み、何度も頷きながら話しを聞いていた。
「と言う理由なんです」
「なるほど、だからあのような魔獣が現れたのか」
「はい。ですから、お願いします。カイトくんに今の技を」
「・・・・・・・・・・・・」
「おじさま?」
じっちゃんは無言で俯き震えていた。
もしかして、トイレ?
と、バカな想像をするカイト。
「うおぉぉぉぉっ!!」
突然、じっちゃんは滂沱しながら雄叫びを上げ、立ち上がった。
「待ってたんじゃ。わしはこんなシチュエーションを。地底人も海底人も、一番有力な宇宙人すらも攻めて来んで、少し諦めていたんじゃが。・・・・・燃える。燃えるぞぉぉっ!!」
拳を振り上げ喜びに打ちひしがれるじっちゃん。
彼の雄叫びが辺り一帯に木霊していった。
「任せて置きなさい、アスカくん。わしが見事、カイトを勇者に仕立て上げてみせようぞ!」
「はい。おじさま」
「はっはっはっはっはっはっはっ!! 世界の明日は明るいぞ」
「はい。おじさま!!」
当のカイトを放って置いて勝手に盛り上がる二人。
もう、この二人の盛り上がりを止められる者は誰一人としていない。
一方、当のカイトは二人の盛り上がりを余所に別の考えが頭に浮かんでいた。
誰もここを通らないでよ。こんな所見られたら変人だと思われるよ。
確かにじっちゃんは少し変人だけど(いや、かなりだと思う)アスカまでそう思われちゃ、可哀想だもん。
あ〜あ、大声上げて。騒動好きの沙耶に見つかったらどう言い訳すれば良いんだよ。
彼は終始キョロキョロしながら、そんな事を考えていた。
自分のことが話題になっているとは露とも知らずに。
「しかし、アスカくん。この技の体得には相当な覚悟と根性が必要じゃ。カイトにそれがあると思うかね?」
「もちろんです。ねっ、カイトくん」
「えっ、何?」
突然、こっちに振られて戸惑うカイト。
「大丈夫よね、カイトくんなら」
何かを期待するような瞳を彼女はカイトに向けた。
その瞳が何を期待しているか分からない彼じゃない。
うんって、言って欲しいんだろうな。きっと。・・・・・・でも、何に?
はっきり言ってさっきのアスカとじっちゃんの会話を聞いていなかったカイトなのである。それでも、断片的に覚えていることを繋ぎ合わせていく。
アスカ、じっちゃん、すごく盛り上がってた。・・・・・・イヤな予感がする。
この間もアスカはカイトにキラキラ期待光線を浴びせ続けていた。
カイトは耐えた。なけなしの根性をフルに使って。
内容不明な悪魔の契約書にサインは出来ない、と。
そんなカイトの態度にアスカのキラキラ期待光線は急速に弱くなっていった。
それに反比例するように彼女の顔に寂しげな色が浮かび始める。
「カイトくん、大丈夫よね」
か弱く、風に掻き消されそうな声でアスカは言った。彼女の瞳に微かな光が。
押してダメなら引いてみろだ。
・・・・・・も、もうだめだ。
「う、うん。大丈夫・・・・・・だと思う」
カイトは遂に内容不明な悪魔の契約書にサインしてしまった。
なけなしの根性はやっぱりなけなしだった。
バカバカ、ボクのバカ!
思いっ切り後悔するカイト。後悔先に立たずである。
「辛い修行になるのよ。それでも大丈夫?」
真剣な表情でアスカは言った。カイトを気遣ってのことだ。
「う、うん」
その瞬間、彼女はカイトの手を取り、笑顔を取り戻した。
「うん。カイトくんなら大丈夫。わたし、信じてるから」
満面の、誰もが惹き付けられる笑顔だ。
カイトもつられて笑みを浮かべた。引きつり笑いだけど。
「がんばってね。わたし、応援するから」
「う、うん」
もう一度言っておこう。おたくは美少女に滅法弱い、と。
「うむうむ」
じっちゃんは滂沱しながら、何度も何度も頷いた。
「感動的なシュチエーションじゃ。うむうむ」
手を取り合い、お互いを見つめる男女。
そして、その二人を滂沱しながら見つめる老人。
やっぱり、異様な光景に変わりなかった。
彼らの横を自転車が通り過ぎていった。
自転車少年はこの光景を見て、何を思うのだろうか。
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