フィーナが気が付くと光の中にいた。 暖かい。優しい。癒されていく。 このまま、ここにいたい。ずっと、ここに。
数分後、身体に軽い衝撃を感じた。
それと同時に光が薄れていった。暖かさも癒しも消えていく。
だが、優しさだけは彼女の心に満たされていた。
彼女の目の前にはあの巨大な何かが立っていた。
その姿を目にした彼女の脳裏にあの出来事が走馬燈の如く走った。
家の者達の叫び声、母の声、父の声、・・・・・・兵士達の死骸。
それが彼女の心を支配していった。
『守る・・・・・・護る・・・・・・まも・・・・・・る・・・・・・マモる・・・・・・』
彼女の耳に声が響く。いや、心に響く。



「参りましたな。まさか、あの樹が彼女を護るとは」
「たしかに厄介なことになりました。あの完全守護。そう簡単に我らの手にはならないでしょうな。それ相応の犠牲が必要」
「分かりました。あれの元に差し向けましょう」
「お願いします。私は陛下の当て馬でも用意しておきましょう」
「ご苦労なことです」



フィーナは荒野を歩いていた。
辺りには何もない。ただ、荒野が広がっているだけだ。
下の大地。話しに寄れば獣が跋扈し、争いの耐えない大地。
その為にこの地には実りが少ない。その少ない実りを得る為に争う。
まさに不毛の大地。伝承ではそう語られている。
その荒野をフィーナは彷徨う。どうしようもない。
「お腹、空いたな」
不意に彼女を巨大な影が覆った。
顔を上げてみるとそこには巨大な岩の塊が浮かんでいた。浮遊大陸だ。
今まで、あの大陸の上からこの下の大地を見下ろしていた。
だが、今は見上げる立場になっていた。
彼女の胸に悲しみの色が濃く降りてきた。
フィーナはそれに耐えるかのように座り込んだ。
これから、どう生きていけばいいのか。これから、どうすればいいのか。
それが彼女の頭の中で駆け巡っていた。
今はただ、途方に暮れる以外にどうしようもなかった。

足音が聞こえてくる。足音は二つ。
その音に気づき、フィーナは顔を上げ、足音のする方を向いた。
男が二人。みすぼらしい姿だ。お世辞にもきれいだとは言えない。
「ほぉ、女か。こりゃ、運がいいぜ。しばらくぶりだ」
「趣味が悪いぞ。まだ、ガキじゃねぇか」
制した男の顔は言葉とは裏腹に下卑な笑みを浮かべている。
「だからと言ってただ、売るだけじゃもったいねぇ」
「そうだな」
「傷物にだけはするなよ。値が下がるからな」
「へへっ、分かってるって」
迫り来る男達のただならぬ雰囲気にに恐怖を感じたフィーナは立ち上がり走り出した。
「逃げられるとでも思ってるのか」
「待ちやがれ!!」
男達はそれこそ、獲物を追う獣のような目つきで走り出した。
「はぁはぁはぁはぁはぁ」
普段から走る事に馴れていない彼女では男達に捕まるのも時間の問題だった。

数分後、フィーナは男達に捕まり、押し倒された。
「追いかけっこもここまでだ。ここからは大人の時間だ」
男はフィーナを馬乗りにし、フィーナのブラウスを引き裂いた。
ボタンが辺りに飛び散る。
「心配しなくても大丈夫だ。優しくしてやるから」
「いやっ!!」
フィーナは必死で男を振り解こうとしたが、すぐに両手を押さえ込まれた。
「すぐに生きながら昇天させてやる。待ってな」
「先に行くのはお前にならないようにな」
もう一人の男は笑みを浮かべながら見下ろしていた。
「へへへっ・・・・・・!!」
男は一度仰け反った。
「いい歳したオッサンが何してんだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
男は何かを堪えるかのように振り向いた。
その瞬間、男の左脇腹に蹴りを入れられた。男の背には一筋の傷が付いていた。
そこには一人の青年が立っていた。
年の頃はフィーナよりも少し上だろうか。手には細身の剣が握られている。
「テメェ、何しやがる!!!」
もう一人の男は錆び付いた剣を手に青年に斬りかかった。
「あんたらみたいなのはその辺にいるミウルスとでもやってな!」
青年は一声叫ぶと自分の剣で一閃した。
男は剣を振り下ろすよりも早く、青年の剣で両腕に傷を付けられた。
「いでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
男は手にした剣を落としうずくまった。
「一つ言って置くけど、この剣にはミウルスの血が付いているから。いくらオッサンらでも知ってるだろ? ミウルスの血がどういうものかは」
ミウルスと言うのは種族として大別すると魔獣の一種とされている。
このミウルスの血は毒性を秘めており数時間以内に処置を施さないと傷口から腐敗し始め、やがて死に至る。
「ちくしょうめ。覚えてやがれ!!」
「絶対に仕返ししてやる!!」
「生憎、オレは物覚えが良くないんだ。オッサン達の事なんて覚えてられないんだ」
男達はそれぞれの傷口を押さえながら走り去っていった。

「さてと・・・・・・」
青年は剣を鞘に戻し、フィーナの方に身体を向けた。
どうしていいか分からないままも彼女は一言、
「ありがとう」
と、礼を言った。
フィーナは自分のブラウスが破けているに気づき、必死に前を隠した。
青年はフィーナの頭から足の下まで一通り見た。
妙な沈黙が二人の間に流れる。
「ふむ。お前、両親とか仲間とかいるのか? いるんだったらそこまでついてってやるけど」
フィーナは一つ首を振った。
「みんな・・・・・・」
彼女はうつむきながらそう言った。
「あいつらにか?」
再び、首を振るフィーナ。
「そうか。・・・・・・だったら、今日からお前はオレの者だ。いいな」
「えっ」
驚きにフィーナは顔を上げた。
「お前、名前は?」
「・・・・・・フィーナ」
「フィーナか、良い名前だな。それじゃ、行くぞ。ほれ」
青年は一言そう言うとフィーナに手を出した。
「・・・・・・うん」
一瞬、戸惑いを見せて彼女はその手を取った。
「まだ、名前を言ってなかったな。オレはフェルト・デルト。フェイで良い」
フェイは一つ笑顔を見せ、歩き出した。
「フィーナ、行くぞ」
「・・・・・・うん」
・・・・・・悪い人じゃないんだ。
フィーナは下の大地で初めて少しだが心の安らぎを感じた。



「彼女の行方は分かりましたか?」
「残念ながら未だに」
「それは仕方のないことです。下手に事を騒ぎ立てることは出来ませんからな」
「分かりました。その一件については私に一任していただきたい」
「どうなさるおつもりで?」
「特殊部隊を使い、国内全ての洗濯をします。実働データを収集するのに良い機会ですから」
「では、お願いしますよ。私は第二段階の準備を始めます」
「それにしても面倒な手続きが多すぎますな」
「崇高な目的を達成しようとするとどうしても枷が付きまとってくるものなのですよ。楽しめばいいのです。この枷の鎖が擦れる音を」
「あなただけは乗り越えることは出来ないしょうな。私は」
「そんなに大きくはありませんよ」



フィーナはフェイに連れられて岩の塊の前に来た。
その頃には陽も沈み始め、夕闇が空を支配しようとしている。
「ここがオレの家だ。そして、今日からお前の家にもなる」
「・・・・・・・・・・・・」
自慢するようにフェイは胸を張った。
フィーナは数歩後ずさった。それは上の大陸にいた彼女にとっては当然の反応と言えるだろう。
建築学に基づいて建てられている家に住んでいたフィーナの目からすればそれはモグラの巣としか移らなかった。
フェイは岩の前に立て掛けられた木戸を手に取った。
どうやら、ドアのようだ。
フェイは笑顔でフィーナを手招きした。
「うん」
フィーナは恐る恐るフェイの家に入った。
家の中は意外なほど広くきれいだった。
煌びやかな綺麗ではない。整頓され、定期的に掃除されていると言う意味のきれいだ。
フェイは自分の剣をベッドの側に立て掛けるとタンスの前で何かし始めた。
「まず、その服を脱ぎな」
「えっ」
・・・・・・やっぱり、この人も。
「そんなヒラヒラしたもの着てたら動きにくいだろ。えぇっと・・・・・・これだこれ」
彼はタンスの中から粗末なシャツとズボンを取り出した。
「オレのだけどしばらくはいいだろ。ほれ」
そう言うとフェイは手にした服をフィーナに手渡した。
彼は手近にあった椅子に座り落ち着いた。
そして、水差しからコップに水を注ぎ一口。
「ん? どうしたんだよ、早く着替えろよ。そっちの方が楽だぜ」
「・・・・・・・・・・・・」
フィーナはじっとフェイの顔を見た。無言で訴える。
「オレの事は気にしなくて良いから。それにお前はオレの者なんだから別にいいだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
「あぁぁ!! 分かったよ。だから、そんな哀しい眼をするんじゃない。オレは外にいるから着替えたら呼べよ」
そう言うとフェイは頭を掻きながら外に出ていった。
「くすっ」
フィーナは小さく笑った。
下の大地に来て初めてだった。

「フェイ」
風に消えそうな程の小声で彼女は声を掛けた。
その声に気付いたフェイは振り向いた。
フィーナの着た服は彼女よりも少し大きめだった。でも、少し手を加えれば十分に着られる。
その姿を見たフェイは笑みを浮かべ、フィーナの元に歩み寄り抱きしめた。
「エッ、エッ、エッ」
フィーナはただただ、赤面するしかなかった。
「うれしくないのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
彼女は赤面しながらフェイの胸の中でうつむくしかなかった。
「なんだよ、親父のヤツ嘘を教えやがって。何が、女を褒めるのに言葉はいらねぇ。ただ、抱きしめてやればいいんだ、だよ」
舌打ちをしながら、フェイは彼女の身体から離した。
まだ、顔を赤らめながらフィーナは声を出した。
「いきなり、抱き締められて・・・・・・びっくりしたの。でも、褒めてくれてうれしい」
「そうか!」
少しすねたような雰囲気がその表情から消し飛ぶ。
「ちょっと、早いけど晩飯にするか」
フェイは笑顔のまま家の中に入っていった。その後をフィーナが続いた。

テーブルの上には巨大な皿が載っている。そして、その皿の上にはナイフが二本突き刺さった焦げ過ぎた肉の塊が載っていた。
他にある物と言えば二人分のフォークと取り皿だけ。
フィーナは呆気にとられていた。
目の前の肉の塊に。
彼女の人生の中で一番の文化的衝撃だった。
小皿に一品ずつ出される料理ではなく、ただ皿の上に肉の塊が一つ。
テーブルマナーをまったく無視した食事の仕方に。
一方、フェイの方は呆気にとられているフィーナをよそにナイフで肉を切り、そのまま口に運んでいる。
フォークも取り皿も意味がない。
「フェイ」
「ん?」
口の中をいっぱいにしながら返事をする。
「何時も、こんな感じなの?」
「・・・・・・あぁ」
フェイは口の中の物を飲み込むと、
「何時も、ミウルスの肉を食ってるけど」
そう言い終わると水を一口。
「・・・・・・・・・・・・」
絶句するフィーナ。
それと共に彼女の頭に、お肉ばかり食べて大丈夫なのかしらと言う疑問が生まれた。
「ちゃんと、湯引きして焼いてるから病気の心配はしなくていいぞ」
フィーナの顔に浮かんだ疑問詞をフェイは違う形で答えた。
「そう言えば、フィーナってどっから来たんだ?この辺じゃ見かけない服を着てたけど」
「・・・・・・上から」
少し、躊躇してからフィーナは答えた。
「上って。・・・・・・もしかして、浮遊大地からか!!」
突然のフェイの大声に少し驚きながらも小さく頷いた。
「浮遊大地ってどんな所なんだ! 何か話してくれよ」
フィーナは一つ頷きゆっくりと話し始めた。
彼女の家の庭園の事。彼女の好きな本の事。街並みの事。
浮遊大地では誰も聞きたがらない当たり前、他愛もない日常の話しをフェイは楽しそうに、そして、真剣に聞き入った。
こうして、一日が過ぎていった。
両親が亡くなった日。下の大地に来た日。襲われそうになった日。
そして、フェイと出会った日が過ぎていった。






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