第六章
赤茶けた大地が広がっている。
見渡す限り土と岩が作り出す光景は見る者を圧倒させる。
風や過去にあった川によって形作られた奇岩群。
大人数人が手を取り合わねば囲むことの出来ない巨木。幹はまるでコンクリートのような色合いで、葉は見上げる高さの頂きにのみ生い茂っている。
水場も非常に少ない。人が滞在するにはあまりにも過酷な場所だった。
この地を巡ってラインボルトとラディウスは争い続けていた。
ラインボルトは緩衝地帯として、ラディウスは侵略の足掛かりとして求めていた。
幾百万もの将兵の血を吸い続けて赤茶けた、と揶揄されるほどに戦いが繰り広げられてきた。故にこの血はこう言われている。血染めの聖域、と。
ラインボルト内乱と、それと同時に大量発生した”彷徨う者”の討伐を口実にラディウス軍はラメルに進駐を開始。
近衛騎団と第一魔軍と戦闘。予期せぬ撤退戦により多大な損害を被った。
内乱終了後も何者かによって食料庫を焼かれ、貯水槽を破壊された。
この事態に対して、再編成されたラメル駐留軍の司令官フレイオス・バルディア上将は将兵に苦労を強いることで乗り越えた。
不足する水と食糧に不満を訴える兵らを抑え込ませたフレイオス以下の幹部たちの努力と兵たちの忍耐は賞賛されされねばならない。
フレイオスは兵らの忍従に価値があると目に見える形で示した。
町を建築させたのだ。
何者かによって破壊された倉庫や貯水槽を守るにはしっかりとした監視が出来る施設が必要になる。その保管施設を中心にして幾つもの平屋を建てて歓楽街としたのだ。
このまま数年居座り続けることが出来ればラメルの領有を既成事実化できる。
十二公爵家の一つバルディア家といえども町一つを建設できるだけの資金を用意するのは困難だ。それがこんな利権を握っても利益にならなさそうな土地ならば尚更だ。
そこでフレイオスは軍や政府、国内の貴族や豪商たちを少し煽ったのだ。
少しだけ投資をしてラメル維持の名誉を分かち合いませんか、と。
その結果、集まった資金は彼の期待を大きく下回った。
この反応からフレイオスはラメルへの関心が薄れているのだと察した。
バルディア家の家臣たちに詳しく調べさせてみると、どうやらハドル王国攻略の方に注目が移っているようなのだ。名誉以外なにも望めないラメルよりも、見返りが得られるハドル攻略に投資した方が賢いということだ。
注目が薄れているということは撤退命令が近いのかも知れない、とフレイオスは考えはじめていた。何であれ兵たちの士気を維持できる施設を作ることが出来た。
北朝との撤退交渉の際、この町を監視所と認めさせれば諸方の面子が立つ。
このことを父である大将軍ファルザスに伝え了解を得ている。今頃はこの方向で調整が進められているはずだ。
フレイオスが出来る根回しはこれでだけだ。あとは結果を待つだけだ。
あとの諸事は部下に任せ、彼は好きな動物観察を目一杯楽しんでいれば良い。
フレイオスに委任をされた者の一人にエヴェーヌ・セイスという男がいる。
役職はラメル駐留軍兵站統括司令だ。
駐留軍麾下の約四万名の兵たちの需品を管理し、配布することが主たる任務だ。
管理と配布と言えば簡単に聞こえるが、実際は非常に手間が掛かることだ。
業者から届けられる物資に不足がないか、期日通りに届けられるか。届かなかった場合の備えもせねばならない。
倉庫に収めた後も横流しに目を配らねばならない。
部隊に配布する時も大変だ。配布先の状況を考えて届ける物資を揃えていかねばならない。水や食糧、武器や医薬品。茶やタバコといった嗜好品。士官以上は士族や貴族となるので兵たちとは違った物を色々と用意せねばならない。
現地部隊は常に必要以上の物資を求めるため、応酬が多く気苦労が絶えない。
相手も口先一つで要望が通れば儲け物と思っているだけに遠慮がない。
物資が届いて当たり前。届かなければ指揮官が無能である証。
ラディウスでの兵站担当者はこのような見方をされるのだ。
また、兵站統括司令たるエヴェーヌの仕事は他にもある。
指揮下にある輸送隊が使う馬車の修理や馬の世話、矢の製造や武具の修繕。これらを担う職人たちの管理。将兵を慰安する酒場などの管理や病院などの面倒も見ねばならない。
現在、ラメル駐留軍で最も忙しく、それに見合った評価を受けない人物。
それがラメル駐留軍兵站統括司令エヴィーヌ・セイスなのだ。
兵站統括司令部は広い部屋に幾つもの仕切りで部署ごとに分けて使っていた。
こうすることで文句を言いに来る将校たちへの威圧とするのだ。
立場が弱い故の自己防衛の手法だった。
部下たちが書類や来訪者たちと戦っている間、エヴィーヌは自分の執務机でお茶を飲みながら決裁書に目を通していた。それだけの余裕が出来たことを彼は心から喜んでいた。
それは最近白い物が増え始めた緩んだ眉から察せられた。
兵站に関わることだからお前に任せる。
フレイオスは気軽にそう言って町の建設を命じたのだ。
通常業務も行わねばならず、当時はいつ食事と休息を取ったのか記憶にないほどであった。自分たちはイケニエにされたのだ、と解釈する他なかった。
自分たちの取り分を失わせた兵站部が悪いのだ、と将兵らの鬱憤を押し付けられたのだ。
「閣下、お茶のお代わりを用意致しましょうか」
部下からあげられる決裁書の仕分けをしていた首席副官が声をかけてきた。
彼の気遣いが忙しさの嵐が過ぎ去ったのだと実感させてくれる。
「うむ。頼む」
備え付けの湯沸かしを副官が使用する。手慣れたものだ。
彼は窓の向こうに広がる雑多な町並みを眺めていた。
エヴィーヌもそれにつられて振り返った。
美しい光景だとは決して言えない。粗末な平屋が多く並び、行き交う男たちも粗野な空気を放っている。荷物を満載した馬車が通りを抜けていく。もう少し陽が暮れれば兵たちは女を連れた酔漢と化すだろう。
上品な町ではない。それでもこの町は自分たちが作り、運営している。
「短期間でよくここまで持ってこられたものだな」
感慨深くそんなことを呟いた。
「はい。しっかりと回っています」
解決した側から次の問題は生じている。それでもこの町は求められる役目を果たし続けている。それは彼らが有能である証明でもある。
「そろそろ閣下も一息入れてはいかがでしょうか」
「疲れが見えるか?」
右手で顔を撫でてみた。確かに若干、肌が乾いているように思える。
「はい。明後日には前線の部隊が全てが休養を与えられますから問題はないかと。それに、閣下に休息を取っていただかなければ下の者がとれませんので」
「……そうか」
お湯が湧いたようだ。副官は慣れた手付きでティーサーバを整え、茶葉を投入した。
湯を入れて暫く蒸らす。祖母に仕込まれたと以前、話していたことを思い出した。
「では、そうさせてもらおうか」
「了解いたしました。閣下には町の視察をしていただく手筈を整えておきます」
「任せる」
副官が静かに茶杯をエヴィーヌの前に差し出した。
安い茶葉なのに本国で飲んでいる物と変わらないように思える。
「茶葉を変えたか?」
「はい。出入りの商人から司令がお疲れのようなので、と贈ってきたものです」
「そうか」
兵站を扱う以上、出入りの業者とは良好な関係でなければならない。
金銭での賄賂は断らねばならないが、腹に消える物であれば快く受け取る。
こういう方針を若い頃から守ってこられたからこそ今があるのだ。
「まだ封を開けていない茶葉はあるか?」
「ありますが」
「駐留軍司令部に報告書を届ける時に幾つか持っていくように手配しておけ。業者から上昇閣下への贈り物としてな」
「よろしいのですか?」
副官の声音に若干の反感がある。
これは自分たちの苦労して得たささやかな役得だ。それを分けてやる義理はないんじゃないか、と。若い副官の様子にエヴィーヌは口元を緩ませた。
「予算を握っているのは司令部だ。つまらんことで根に持たれたくはないだろう」
「浅慮でした、閣下」
「分かればいい」
副官は男爵家の嫡男だ。退役して領地に戻った時、この町作りの経験が活きるはずだ。
エヴィーヌ自身もそうだ。この経歴を領主たちに売り込めば、それなりに豊かな老後を送れるのではないだろうか。
一代限りの男爵の年金なんて高が知れている。生まれたばかりの孫たちにも何か残してやるにはもう一踏ん張り必要だ。
嫡男は軍人に、次男は教職。娘二人はそこそこの商家に嫁がせることができた。
苦労をかけ続けた妻に報いることができれば良い人生だったと言える。
と、誰かが司令部室に駆け込んでくるのが見えた。砂塵で薄汚れた姿から伝令だと察せられた。
「失礼します、閣下。駐留軍司令部よりの命令を伝えに参りました」
「承ろう」
「城殻竜接近につき、兵站統括部は即時避難を命じる」
伝令が差し出した命令書には彼の言葉と同様の内容が書かれている。
駐留軍司令部の認め印も押されている。
「上昇閣下より、とっとと逃げろとのお言葉も預かっております」
エヴィーヌはこちらに顔を向ける副司令に頷いた。
彼はすぐに指示を飛ばし始める。
「副官。彼に水を。……貴官に確認したいことがある。良いだろうか」
「はい、閣下」
「浅学を曝すようで恥ずかしいが、私は城殻竜というものを知らない。どういうものだ?」
「生きた山城とのことです。過去に幾つもの町や村を踏み潰したことがあるそうです」
「幻想種か!」
不可思議な存在である幻想種は敵に回した際には多大な被害を周囲にもたらす。
それが分かっただけで危機の度合いは察せられる。
「分からんが分かった。すぐに避難をさせよう。時間の猶予はどの程度だと司令部は考えている?」
伝令は一度、懐中時計で時間を確認すると、
「二時間ほどです。連絡が遅れましたことお詫び申し上げます」
元々駐留軍司令部とここはかなりの距離がある。彼は全力で馬を走らせたはずだ。
彼を責めても八つ当たりにしかならない。
「その城殻竜というのは本当にこの町に来るのか? 避難する方向の指示は?」
「分かりません。全力でこちらに向かっている。それだけで危険だと司令部は判断したようです。避難先の選定は司令に一任されています」
命令書にある通りだった。何らかの示唆があるかと思ったが、駐留軍司令部も動揺しているようだ、とエヴィーヌは察した。
「駐留軍から応援は?」
「ありません」
……そうだろうな。
「上将閣下に、可能な限り運び出すが期待しないで頂きたい、と伝えて欲しい」
「了解しました、閣下」
伝令を見送るとエヴィーヌは部下たちに声をかけた。
「聞いた通りだ。すぐに避難を開始する。首席副官。君を憲兵隊との連絡要員とする。以降は憲兵隊司令の指示に従え」
兵站統括部にも自前の守備隊はいる。町の治安維持と時折現れる魔獣対策のためだ。
町で揉め事を起こした将兵は全て報告書とともに憲兵隊に引き渡すことになっている。
また、彼らは兵站統括部の目付役も兼ねているため、エヴィーヌの指揮下にはないのだ。
「はい、閣下」
憲兵隊もお客様に無理はさせないだろう。友人の息子を無為に死なせずにすむ。
「さぁ、時間がないぞ。急げ!」
城殻竜、襲来。
この報に接した町は瞬く間に混乱の坩堝と化した。
まともに誘導が出来たのは工房で仕事をしていた職人たちと傷病者ぐらいであった。
また、フレイオスには物資も避難させると言ったが、出来たことはすでに積み込み作業を終えていた分だけであった。
守備隊と憲兵隊は努力した。兵たちに兵舎に集合し、それから避難場所に移動するように指示を出していたのだが、一報を聞いた兵たちは各自勝手に動き始めてしまったのだ。
彼らの多くに学がない。自分さえ良ければそれでいいという者が多い。
だから、彼らは肌で感じる危機感に素直だ。
栄達したいから戦い、殺されたくないから逃亡しない。今回は逃げろという指示だから、一番良いと思える手段を使ったのだ。
なにより場の空気というものがある。何かを罵りながら右往左往する兵や全裸の男女、酔って前後不覚となっている男たちが溢れている状況で、冷静に物事を判断できるはずがない。
将校たちも同様だ。完全に緊張を抜いていたところでの襲撃に浮き足だった。
無論、多くの将校は声を張り上げて兵舎に集合するように指示を出していた。
では、何が悪かったのかと問われれば、時間が不足していたと答えるしかなかった。
東側にある監視所をエヴィーヌは避難場所に指定した。
町の周囲には幾つか監視所があり、東側のそれは小高い丘となっている。
移動先の目標としても、城殻竜の監視のためにも適しているだろうとの判断だ。
混乱の中にあっても指示に従った者や流れを察した者のみがここに駆けてきた。
「何事だ!?」
馬上からエヴィーヌは言った。
司令部でやるべきことを終えて彼ら司令部の者たちも避難の最中だった。
周囲には部下たちがおり、彼らも当惑している。
音が聞こえてくる。数万もの蹄が打ち鳴らす轟音。
勇壮という言葉から虚飾を剥ぎ取ったような音が迫り来る。
何か不吉なものが襲い来る。音だけでそれを実感させられる。
自然とエヴィーヌは馬に鞭を入れた。一刻も早く町を抜けねばならない。
「急げ! 急げ!」
振り返り叱咤をする。徒歩の者たちは無事に避難できるか。
轟音が大気を打ち、地面や家屋に堆積した砂塵を巻き上げる。
部下たちはそれに顔を顰めつつも足は止まらない。幾つもの顔に貼り付いている絶望をエヴィーヌは見なかったことにした。
本当ならば彼らは全員馬車に乗っているはずだった。手配していた馬車がどこかの兵に乗っ取られてしまい、時間に間に合わなくなってしまった。
苦渋の選択として走らせたことはエヴィーヌにとっても痛恨事だ。
それでも轟音は鳴り止まず、あらぬ方角へと逃げていく兵たちを横目に彼らは駆ける。
ついに町を抜けた
「気を抜くな! まだ安全ではない!」
自身への叱咤でもある。ともすれば恐怖で叫び出しそうになる心を抑え付けて彼は馬を走らせる。眼前に広がる赤茶けた大地が今は愛おしい。
激烈な破砕音が連続する。身体ごとそちらに向けた。
「…………」
言葉もない。
長大な首。山がそこにあった。灰褐色の殻のような山には幾つもの窓のような穴が開けられているのが見える。建物の影に隠れて足下は見えない。
様々な物を蹴り上げて進んでいるのか、空中に平屋や需品、または人影のような者が舞う様が見える気がする。
竜の顔はこちらからは見えない。進行上にある邪魔な物を踏み潰しているだけにしか感じていないのではないだろうか。
「これが城殻竜か」
竜は今まさにエヴィーヌたちが魂を賭して築き上げた町を踏み潰していく。
誰かが上げた叫び声は兵站統括部全員の叫びだ。
踏み潰すだけではない。山に開けられた窓から無数の火矢が放たれる。
それだけではない。山頂辺りから何かが飛び立った。
「飛竜だ!」
部下が叫んだ。見事な三角形の編隊を組んだ飛竜が飛ぶ。その数五つ。
それが急降下をして、炎の塊を町に叩き付けた。
火矢の射程を大きく超えた場所での空爆が二度、三度と続く。
建物が延焼し始めた。あの辺りには灯り用の油を商っていた店があったはずだ。それが破壊されたせいだろう。油に乗って火が走り、両隣の家屋を焼いていく。
ラメルは乾燥した土地だ。一度、出火すれば火の手を止めるのは骨が折れる。
今は消火しようとする者がいないのだから尚更だ。
この調子だと倉庫も使えなくなっているだろう。
好きなだけ炎弾を地上に叩き付けると、飛竜は悠々と城殻竜の中へと戻っていった。。
このまま去るのか、と思った時だ。
城殻竜は山の峰のような尻尾を大きく振って町を薙ぎ払った。無事であった施設もこれで破壊されてしまった。
舞い上がった家屋の残骸が降り注ぎ、あちらこちらで二次的な破壊を生み出した。
なぜ、こんなことに……。
手綱を強く握った。奥歯も少し砕けた。
エヴィーヌだけではない。叫ぶ者、泣き出す者と何らかの形で憤りを表現している。
城殻竜は一顧だにしない。ただ、ただ破壊を撒き散らすのであった。
兵站統括部は壊滅した。
司令部はもちろん、倉庫や貯水槽、酒保や職人町全てが被害を被った。
もちろん、倉庫はここだけではない。だが、最も大きな倉庫群を抱えていたのはこの町だったのだ。また、管理手続きを行うための書類は全て失われ、在庫の確認作業などを一からやり直さなければならない。
行方不明者も多数出ている。逃散したか、踏み潰されたかそれすらもまだ分からない。
出来ているのは生存者の確認だけ。それ以上のことはこれからだ。
駐留軍司令部に出頭したエヴィーヌは苦汁を隠さぬ表情でフレイオスに報告した。
城殻竜は前線部隊の一部も踏み潰していったらしく司令官の表情も良くなかった。
「ラメル駐留は非常に困難です。立て直しの見込みも立っておりません」
生存者の確認と救出作業、被害状況の確認が始まったばかりだ。
再建計画なんて立てられる状況ではない。
「非常に困難とはどの程度だ?」
参謀長の問いにエヴィーヌは言った。
「兵站統括部だけでラメルを命ぜられる方がまだ気楽です」
これが率直な感想であった。すでに被害の第一報は司令部に書面で提出している。
「王都からの支援はあるのでしょうか?」
「問い合わせ中だ。それよりも水と食糧の手配はどうだ?」
「値段を釣り上げられています。城殻竜が再襲撃するのではという噂が広がっているようです。手間賃を割り増ししなければ業者が引き受けません」
「閣下、割増料金を請求されては予算が持ちません」
駐留軍全体の予算を握る兵站参謀が顔を蒼くして言った。
「兵站統括部独力で駐留軍司令部の期待に応えることは出来ません」
……言ってしまった。これでこれ以上の栄転はなくなったな。
それでも言わずにはいられなかった。
「救助と瓦礫除去以上のことをするには大なる支援を必要とします」
「……分かった。こちらでも手を尽くそう。兵站統括部は出来ることをやってもらいたい。それと貴官はもちろん部下たちにも適宜休養を取るように。これは命令だ」
「了解しました、上将閣下」
エヴィーヌは敬礼をした。
損害を受けることなくラディウス軍の陣地を突破したヴィドゼガ騎士団は凱歌を挙げていた。城殻竜はそのまま北上を続けた。
彼らのラメルでの目的は進路上にあるラディウス軍を蹂躙すること。
それがどのようなものであっても構わなかった。後方施設群が見えた時は誰ともなしに快哉が挙がった。手土産は大きければ大きい方が良い。
ヴィドゼガ騎士団総長サイラス・センティアードは喜色を隠すことなく会議室の上座で酒杯の縁を人差し指で撫でていた。
鬼攻族の証たる二つの角がこめかみの少し上の辺りから生えている。鍛え抜かれた体躯を灰褐色の肌が彩っている。今はゆったりとした艶やかな白地の服を纏っている。
「そういうわけで目標は壊滅。目的は達したと思います」
サイラスと同様の衣服を纏った鬼攻族の男が戦果の報告を行っていた。
右腕が異常に発達しているのが見て取れる。弓兵隊の指揮官だ。
弓兵と魔導士たちで編成された部隊だ。城殻竜の進路上にある建物を悉く焼き払った。
「うちも問題なしだよ。総長。飛竜たちも怪我一つなく戻ってきてる。命令があればすぐに行けるよ」
ともすれば軽口ともとられかねない口調で鬼攻族の青年は言った。
飛竜隊の指揮官だ。飛竜を操るには、飛竜との相性もあって非常に困難だ。
編隊を組み攻撃をさせるには相当な技量と信頼関係が必要となる。
飛竜隊には総長でも立ち入りにくい領域がある。
「うちは暇だったけどね」
黒色の全身鎧がそう言った。どこか木霊のような声だ。
歩兵隊の指揮官の一人だ。鬼攻族ではない。
ヴィドゼガ騎士団の主要種族は鬼攻族なのだが、それ以外の種族も参加している。戦いを生業とする彼らにとって外部からの人員補充は必須だ。
異種族への寛容は幹部に任じているところからも明らかだ。
「今回は停止する訳にはいかなかったからな」
宥めるようにサイラスが言った。
今回の戦いは行きがけの駄賃のようなもの。本格的な戦いではなかった。
「なんであれ無事にラディウス軍を突破できた。そのことは実にめでたい」
酒杯を掲げた。
「まずは乾杯をしよう」
一堂を見回す。戦果を挙げられなかったことへの不満は見られるが、幹部たちに不快の念は見られない。いや、若干一命頭を抱えたままだ。
末席に座る紺地のフードを被った男だ。
「どうした。折角の戦勝だぞ」
「……総長。ヤバイですよ。やりすぎですって。あれどう見ても重要施設ですよ」
「手土産はでかければでかい方が良い。それに用意しろと言ったのはお前だろう」
「それはそうなんだけど。ラディウスが逆上して追い掛けてきたら、俺たちラインボルトと挟み撃ちにされるかもしれないんですよ」
「今のところそんな様子はない。安心しろ。大丈夫だ」
「そんな無責任な」
「まぁ、総長はこういう人だ。この人に拾われた時点で諦めろ」
などとフードの男は隣に座る鬼攻族の指揮官に肩を抱かれて、酒杯を持たされる。
「総長、まずは乾杯しましょう」
「おう。では、今回の戦勝と我々の前途を祝して」
威勢良く乾杯の音頭が取られたのだった。
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