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その日は久しぶりに快晴になった。
ここ最近、優れない天気が続いていた。
一月の冬空とは言え、曇っているよりも気持ちよく晴れ渡っている方が良い。
快晴を喜ぶかのようなスズメの囀りも聞こえる。
だが、天気と関係なく今日も何時も通りの朝。
新聞片手に駅に向かうサラリーマン。散歩をするご隠居。
もう、始まっている井戸端会議。
そして、学校へ向かう生徒の流れ。
本当に何の変わり映えのしない朝の時間が流れていく。
その流れの中に彼はいた。
「ふああああぁぁあ・・・・・・」
欠伸をして、目を擦る。
「・・・・・・眠い」
そして、決めの一言。彼の朝の行事の一つだ。
彼の名は双樹カイト。
カイトと言う名前だけでも珍しいのにカタカナがそれに拍車を掛けている。
この名前は彼の父が付けたものだ。
自分の中に戒めを持てる人になるようにと言う意味が込められている。
始めは漢字で『戒人』だったのだが、彼の母が『かいじん』と呼ばれると可哀想と言うことでカタカナで落ち着いた。
カタカナになった理由はいたって単純。ひらがなよりもカッコイイからだ。
しかし、そんな立派な名とは裏腹にカイトはのんぽりとした性格に学校でも一、二を争う成績だ。下から。
高校一年の二学期の成績でオールペンギンさんと言う記録を作ったほどだ。
創立以来、最低の成績として長く語り継がれるだろう。
だが、その事を苦にしたことは一度もなかった。残念なことに。
両親もその事に何も言わない。
放任主義と言えば聞こえは良いが、その実は父は気にしなく、母は諦めモード。
ただ、病気で学校を休む事だけはなかった。自主休業は多々あるが。
つまり、成績や病気程度でペースを乱されない程、のほほんとした性格なのだ。
学校の正門前の横断歩道まで来て、カイトはもう一度欠伸をしようとした。
が、不意に声を掛けられ飲み込んでしまった。
「また、遅くまで何かやってたんだろ」
「あっ、優」
カイトの寝惚けた顔に優は呆れ顔になった。
「少しはキリッとした顔になれないの?」
「無理よ、無理。このぼへぇ〜っととしたのがカイトなんだから」
掛けられた声に二人が後ろを向くとそこには手を挙げた少女がいた。
肩口で切り揃えられた髪は少し赤みがかっている。この髪は自前だ。
制服は彼女の性格をあらわすかのようにラフに着ている。
いかにも活発そうな少女だ。
「そう言うけどさ。いくらなんでもって思うだろ、沙耶」
「ぼへぇ〜としてるのがカイトなんだし。それをカイトから取ったら何にも残らないわよ」
沙耶は弁護にならない弁護をした。
普通なら殴りかかるような一言だが、自分がそうだと言うことを誰よりも知悉しているからカイトは怒らない。ただ、苦笑するだけだった。
三人の付き合いの長さもその要因の一つ。
沙耶と優との付き合いはそれこそ幼稚園の頃からだ。
いわゆる幼なじみと言うやつ。
「そうそう。忘れないうちに言っておかないとね。今日、重大発表があるから、ちゃんと部活に出てよね」
「重大・・・・・・発表って?」
カイトの眠気は吹っ飛び、背中に嫌な汗が流れた。
彼の朝の眠気が吹っ飛ぶのは余程のことだ。0点のテストでもこうはならない。
一方、優はどうにか平静を保ってはいるが、それでも目を泳がせている。
沙耶の重大発表は二人にとってあまり良い物じゃない。
小学校の頃、探険だと言って下水道に入ってネズとゴキに襲われ、中学校の時にはキャンプに行って遭難寸前になってしまうと、沙耶の重大発表には何かしらの危険が付きまとってしまう。
流されるカイトと文句を言いながらも着いていく優。
結局三人とも危険の中に身を投じてしまうのだ。
「内緒。二人ともちゃんと来てよ」
そう言って、ウィンク一つ。
これがいけなかった。二人は同時に溜め息をし、肩を落とした。
男の哀しい性としか言いようがない。二人は死を覚悟したのだ。
「勇者様!」
「勇者!?」
あまりにも唐突な、そして場違いな呼び声に三人はキョロキョロと周りを見回してしまった。その言葉に一番反応したのはカイトだった。
カイトの思うところ、勇者様と呼ばれるような人はどこにもいない。
優は知能は高いが、勇者の必須技能である熱血根性がない。
どちらかというと冷静沈着型だ。
沙耶は全国平均以上の熱血根性は持ち合わせているが、人を救うよりも騒動に巻き込むタイプだ。
そして、カイトは全国平均以上のお人好しの看板を背負っているが、如何せん技能や知能と言ったものは皆無と言っても良い。
すぐ側に学園祭で宇宙警察もののコスプレをして、学校の三階から飛び降り、顔面で着地をした教師はいるが、彼を勇者とは呼ばない。
かといって、ここは剣と魔法のファンタジー世界でも無ければ、人間よりも人間らしい心を持つ巨大ロボットがいるようなSF世界でもない。
もちろんの事ながら、三人が別世界に飛ばされてしまったわけでもない。
「勇者様!!」
再び、発せられた声に振り向いたカイトは軽い衝撃を感じた。
優しい温かさと柔らかい感触と一緒に。
微かな芳がカイトの鼻孔をくすぐった。
「やっと、会えました。勇者様!」
彼の胸に飛び込んできたのは少女だ。十五、六ぐらいだろうか。
カイトの通う学校の制服を可愛らしく着こなし、満面の笑みでカイトに抱きついている。長く奇麗な黒髪が印象的。
沙耶を美女と言うなら、彼女は美少女と言って良いだろう。
一方、美女の沙耶とおまけの優はと言うと、その光景をパクパクしながら見ていた。金魚のように。
「カイトが」
「勇者様!?」
パクパクしていた二人はそれだけをようやく口にした。
一番、勇者にしちゃマズイ人間が勇者様に。
二人は同時にこれと同じ事が頭によぎった。
カイトが女の子に抱き付かれたと言う事実を二人は処理しきれなかったから、一足飛びにこんな事が頭によぎったのだ。
それはそうと当のカイトは目を白黒させて、呆然と少女を見ている。
あまりにも非現実的な現象にカイトの思考回路は閉鎖しそうになっているのだ。
見知らぬ女の子にプロレス技をかけられることはあっても、抱きつかれるなど彼の人生で一度たりとも無かった。
今後もそんな感動的な事は無いだろうと、誰よりもカイト自身が思っていたのだ。
横断歩道脇に立っていた教師は腕を組んで感慨を持って、頷いている。
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン
白黒していた目が正常に戻り、カイトは少女の肩に手を当て、身体を離した。
ここ数ヶ月、見せたことのない真剣な表情をしていた。
修学旅行迷子危機以来だ。ちなみにこれも沙耶がらみ。
「勇者様」
感動の眼差しを送る少女にカイトはただ一言。
「遅刻するとマズイから行くね」
「えっ」
そう言うとカイトは駆け出した。
カイトの後ろ姿を見送る少女に呆然と顔を見合わせる優と沙耶が残された。
カイトの今の心理状況はこうだ。
女の子がいきなり抱きついてきた。かなり可愛い娘。
その娘がボクを勇者様って呼んでる。どうして?
あっ、チャイムだ。
遅刻。出席日数不足。留年。大先輩と呼ばれる。
マズイ!非情にマズイ!!
と言った感じだ。
今は三学期。留年が決まるかどうかの瀬戸際。出席日数だけは挽回不能。
留年危機回避の為にはどんな事よりも優先される。
劣等生の哀しい性なのである。
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